劇場公開日 2014年12月13日

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自由が丘で : インタビュー

2014年12月11日更新
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加瀬亮が紐解く、ホン・サンス監督から生まれるミラクルの秘密

「出会いたかった監督に出会えた」。かねてホン・サンス監督のファンを公言してきた俳優・加瀬亮にとって、映画「自由が丘で」はこれまでのキャリアの中でも大切な宝物のような1本となった。ある日の日本での対談をきっかけに意気投合し、初対面にもかかわらず一緒に映画を作ることを約束したホン監督と加瀬。カンヌやベネチアといったヨーローッパの国際映画祭ではもちろん、日本でも着実に人気を集めているホン監督だが、その誰にも真似できない製作スタイルはいまだ謎に包まれている。そんなホン監督のそばで2週間の撮影をともにした加瀬に、ホン作品の魅力を紐解いてもらった。(取材・文・写真/山崎佐保子

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思いを寄せる年上の韓国女性クォンを追いかけ、ソウルにある迷路のような路地の街にやってきた日本人青年モリ。宿泊先のゲストハウスで知り合った男と毎晩のように飲み歩いたり、近所のカフェ「自由が丘」の女性オーナーと急接近したり。日記のようにクォンへの思いを手紙に綴りながら、彼女を探してソウルの街をさまよい続ける。

ごくごく平凡な男・モリだが、時に頑固で時に繊細。普段は穏やかだが、酔っ払うと感傷的にもなる。そんなモリの人物像とは、ホン監督が加瀬という生身の人間から連想した部分も大きいのだろうか。「どうなんでしょう。それはあるかもしれない。でも監督に聞いてみないとわからないですね(笑)」とはにかんだ加瀬。ホン監督の前に立つと、どんな役者であれ内面を見透かされてしまうのかもしれない。「監督の観察力、人の本音を感じる力は本当にすごいです。例えば芝居中、僕の中に正直じゃないような気持ちが生まれると、すぐに見抜かれて指摘されるんです」と“神通力”とも呼べるものをホン監督は持っているようだ。

ホン組の独特な現場の空気は、他にはないものらしい。「どんな現場でも、普通はひとつくらいは腑に落ちないことがあるものです。だけどびっくりすることに、ホン監督の現場では疑問に思うことが何もなかったんです。ホン監督は僕にとって外国の人で年も離れていて、でも何も違和感がない。この出会いは本当にうれしかったし、とても心地よかったです」。

ホン監督といえば、脚本を撮影当時の朝に書くことで有名。しかし、完成した映画には即席ゆえのいびつさは一切感じられず、やはりその伝説はにわかには信じがたい。「本当にその場で書いていますよ(笑)。だから書けない日も時にはあるんです。大抵は役者が現場に着くころにはほとんど書き上がっていますが、書けない時はモリが泊まっているゲストハウスの部屋にホン監督がパソコンを持ってこもり、しばらく出てこないことも。そんな時、僕ら俳優部はゆっくりとコーヒーを飲んで待っていました」と、劇中のみならず現場にもゆったりとした時間が流れていたようだ。

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普通の映画監督であれば、そんな恐ろしいことに挑戦しようとは思わないだろう。加瀬もうなずく。「ものすごく勇気のある監督だと思います。昔は脚本を最後まで書いてから撮影していたそうですが、やがて『なぜすでに書いてあること、結論がわかっていることを撮らないといけないんだろう?』と聞きました。きっとそれを退屈だと感じたんだと思います。そしていつしかプロット(筋書き)だけになり、最後にはプロットもなくなった(笑)」。

ホン監督は、「起こったことは受け入れる人」だという。「例えば雨が降ってきたら、状況が変わるので脚本も変わる。ロケ地に行って人がいなかったら仕方ないし、失敗して転んでも仕方ない。偶然に起きたことも、起こったことは全て受け入れるんです」と決めたことに固執しない。それは、「とてもおもしろい映画作りの方法だと思います。だいたいいつもスタッフは10人以下で、4人くらいの時もある。撮影期間も約1週間。今回はたまたま僕が外国の人で、英語で脚本を書かなくちゃいけない手間があったので2週間だったのですが、少ない人数で1週間。それであれだけ面白いものを作る。改めてすごい人です。誰にも真似できないと思います」と敬愛している。

そんな風に、“生モノ”ならではの面白みを追求してきたホン監督。監督が抱えるプレッシャーはもちろん計り知れないが、俳優部への負担も少なくはない。「監督自身が自分に課していることが、とても勇気のいることです。そこまで監督がしているから、僕ら役者も30分でセリフを覚えて撮影に臨みたいと思う。監督はいつも演技の前に、『Let's see what happen』と言うんです。『これから何が起こるかみんなで見てみよう』ということなのですが、きっとそうやって毎日発見をしていきたいんだと思います。映画作りの過程の中で何も発見がなければ、作っている意味なんてないんです」。

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何が起こるのだろうとワクワクする。それが面白いから作る。確かにその“遊び心”が映画の歴史の原点なのだ。「普通は『面白いものを作ろう』という発想で、計算しながら頭で組み立てて脚本を作る。そしてそれを後で分析する。でもホン監督はそうじゃない。多少のコンセプトはもちろんあるけれど、撮影のその日に出てきたものを直観で書いて、『何が撮れるか見てみよう』というスタイルなんです」。

ホン監督が多用する独特な“ズーム”にも、加瀬なりの解釈があった。「映画を見る時に、『こう見るもんだ』っていう癖が人それぞれ先入観としてあると思いますが、そういうものを取っ払うと意外な事実が見えてくる気がします。大概の場合ズームの対象物は、映画の中で意味や記号的役割を担っていることが多いですよね。でも、ホン監督のズームした先は、食べ残しのお皿とかです(笑)。映像のリズムを作ったり、監督の視線だったりするのかもしれませんが、おそらくお客さんを“意味から解放する”という狙いが強いんじゃないかなと思います。そしてあのズームは、いま、それを目撃している、自分たちはいま映画をみているんだ、という気にもさせられます」。

本作には、これまでの作品ではあまり見られなかったトリッキーな新要素もある。それは、ホン監督が仕掛けた微妙だけど絶妙な時間のズレと、それによって生じる些細な気持ちのズレ。「例えば、昔行った旅行の記憶を思い返して人に語る時、出来事は時系列には出てこないですよね。おそらく印象に残っていることから先に思い出す。だから、それって自然なことなんじゃないかなと思います。ホン監督の編集もそんな感じで、頭も使っているけれど、感覚を使って編集している感じに思いました。監督と他の役者の芝居を見ている時に思ったのですが、撮影中もモニターを見ながら一緒に役者と呼吸している感じなんです」。

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そんなホン監督の現場では、偶然が生むミラクルがたくさん起こるらしい。「音楽担当の人は現場も台本も見ていないのに、曲を作って持ってきて、ホン監督が『ここに入れてみよう』とひょいっと音楽をはめてみると、シーンにぴったりとマッチしたりする、曲の長さまでも。すると2人は、『また起きた』って言い合っているんです。ホン監督の現場ではそういう絶妙な偶然が毎回起きるらしいんです。それに関してはもう、“映画の神様”がついているとしか思えないくらいに(笑)」。

ホン監督の映画は、見ればそれがホン監督の作品であるとすぐにわかる。それは、映画監督としての作家性であり、唯一無二の“武器”である。加瀬は、「世界中に変な映画ってたくさんあるわけです。よく『で、答えは何? どんな意味なの?』って 言う人がいるけれど、ひとつの正解の“答え”なんて映画にないと思います。今はひとつの答えに向けて、“答え合わせ”をするクセがついている印象を受けますが、そういうものを僕は外していきたいんですね。意味がわからない=つまらないっていうのはもったいないですよ。下手するとわからないと怒る人も出てきたりします(笑)。言葉に簡単にできることだったら映画なんかいらないですよ」。

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