劇場公開日 2015年6月27日

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「同居するなら愛をくれ」雪の轍 かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0同居するなら愛をくれ

2020年4月25日
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トルコの名勝地カッパドキアでホテル業を営むアイドゥン。実務はヒダーエットに任せ、現在は無名地方紙へ投稿をしている物書きで、その昔舞台俳優をしていたアイドゥンには歳の離れた美人奥様ニハルがいる。父の莫大な遺産を相続して悠々自適の生活を送っているアイドゥンだが、慈善事業にはまっているニハルとは半別居状態、離婚してホテル兼自宅に出戻ってきた妹ネジルとも口論が絶えない…

原題は『Winter Sleep(冬眠)』。チェーホフの『妻』という短編にヒントを得てジェイランが撮った作品らしいが、内容はドストエフスキーの『罪と罰』をかなり意識したストーリーになっている。いわゆる金持ち側の視点から、金を持っている者の罪とは一体何なのかを問うた一風変わった作品だ。このアイドゥン、金への執着はどちらかというと希薄、匿名で大金を寄付している慈善家でもある。にもかかわらず、妹のネジルからは“悪に抗わない”生き方をしろとか、愛妻ニハルからも高潔ゆえに人の良心をふみにじるところがあなたの罪よ、と終始からまれっぱなし。

『罪と罰』の老婆のように高利貸しをしているわけでもなく、名もなき地方紙へ半分趣味で寄稿をしているだけで、報酬や名声を求めているわけでもない。時々宿泊客と他愛ない世間話をして息抜きすることのどこが悪いというのか。家を貸している導師の甥っ子からは車に投石され、その子供を家まで送っていけば家賃を滞納している父親には逆ギレされる。投石のことを謝りにきた導師と甥っ子にどうしてもとキスをせがまれその手を差し出せば子供が気絶。寄稿内容のことで口論となった妹はふてくされて呼んでも部屋から出てこようとしない。おいおい良心と倫理は世の中からなくなっちまったのか。いったい俺が何をしたっていうんだ。アイドゥンが怒るのも無理はない。

世間知らずのニハルはニハルで夫の前で気絶した子供の見舞にいき大金を渡そうとするが、良心の呵責にたえきれなくなった優しい金持奥様の慈悲にすがるほどこちとら落ちぶれちゃいませんぜと、子供の父親にまたまた逆ギレされてしまう。爆発寸前のニハルと距離をおくためイスタンブールへの旅立ちを決めたアイドゥンだったが、友人宅の農家に立ち寄り、ニハルの慈善事業を手伝う教師と口論となる。良心とは強者を黙らせるために編み出された臆病者の言葉だと教師に指摘を受けたアイドゥンは、朝令暮改ですぐに無為に生きるようになるさと全く取り合わない。

結局同じ狢であったニハルが住むホテルに舞い戻り、雪の降るカッパドキアの“穴”に引きこもり執筆に没頭するアイドゥンだったが、もしかしたら弱きもの、小さきものへむける眼差しに多少の変化が生じたのかもしれない。しかし、どんな施しをしようが、施しを受ける側に持てる者へのルサンチマンがある以上、あらぬ誤解が生じるのはいかんともしがたい気がするのだ。なぜ金持ちだけがサクリファイス的生き方を求められなければならないのだろうか。私に言わせればそれはまったくの本末転倒、人を信じていない人間だからこそアイドゥンは金持ちになれたのである。金を持っていること自体は罪でもなんでもない、人間を信じられないこと、それがアイドゥンいや人類全体の罪だとすれば、何をしてあげようと人から信じてもらえないこと、それが罰なのである。

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かなり悪いオヤジ