劇場公開日 2014年9月20日

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「ハードカバーの小説 胸のときめきを」がじまる食堂の恋 tomboyさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5ハードカバーの小説 胸のときめきを

2014年9月24日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

知的

幸せ

あらすじ
初春のある日、主人公の「みずほ」(名前は瑞々しい沖縄それ自体を体現している)は出身地の沖縄県北部のまち名護市中心部にある商店街で、他界した「おばあ」の残した“がじまる食堂”をひとり切り盛りしている。都会のような高揚感もなく、なにも起こらない平凡な日常を過ごし、時にうっくつとした心のひだを馴染み客に見せるような冴えない毎日だ。そんなみずほのところへ、世慣れした風情の都会人「隼人」、5年前に画家を志し都会へ出て行ったみずほの元彼 都会擦れした「翔太」、寒い都会から陽光鮮やかな沖縄にふらりと旅行にやってきたふうな謎の美女「莉子」、4者が突然に出会いと再会をし、若者4者各々の立ち位置の違いとちょっと複雑な人間関係、面白くも悲しげな嘘と精霊が宿ると言われるご神木「ひんぷんがじゅまるの木」を物語の中心に据えた会話劇、恋愛映画。

感想
みずほは都会人が憧れを抱きそうな古民家でひとり気ままな生活を送りながら、おばあの形見とも言えるレシピと食堂を引き継いだ若きオーナーである。
 見た目はなに不自由なくむしろ自由そのものに見えるのだが、「そこへ留まり継承すべき」立場の不自由さも感じ取られ、背景を持つものと持たないものの陰影を名護のまちに落とす。
 おばあ以外の家族との関係性はほぼ言及されず、観る者の想像の範囲で生かせる内容になっており説教臭くならないのがいい。

 若くして陰影を感じさせる主人公の揺れはリアルであり、主演女優の演技・表現力は秀逸。

 物語をロマンティックな恋愛映画だと評すのがむしろ正当と感じられるが、若者4者それぞれの異なる立場が深練りされたシナリオの妙を見る楽しみの方が映画好きにはたまらない。

 地元沖縄の名護に留まることを運命づけられているかのように呪縛に従い残るみずほ、夢を追って都会に出て行った翔太、IT立県を目指す場所、観光に定評のある地にビジターとして訪れる隼人と莉子。
 映画製作を企図した名護市自らの「単なる観光PR映画にしないでくれ」という希望の通り、観光地・名物紹介のコマは極力排除されているといって差し支えない。沖縄の物語にありがちななにをかいわんやのしみったれた描写が皆無なのが潔くてよい。
 純粋な恋愛映画、軽妙で洒脱むしろ都会的と言っていい会話劇が進行していく中、物語の中心にある4人の立ち位置の違いが沖縄のリアルを鮮明にしていく手法。もちろん美しい沖縄北部の景色を切り取った映像の美しさは他の映画には無い魅力である。
 また非常に興味深いと感じたのが、中心人物となる4人の若者のらしくない抑揚の利いた演技である。演出者が役者に演技をつける、という映画作りの基本が生きている。近頃の演者の地のキャラクターを生かすやり方とは一線を画しており、映画作りの真髄を感じられた。

 劇画・コミックや小説を映画化するものが多い昨今、完全オリジナルの作品。今プロジェクトをまとめ上げた表現者「大谷健太郎」監督の手腕に敬意を表したい。

 なにより今作にはシーンごとに新刊ハードカバーの小説をめくる時のような胸のときめきがある。大人の鑑賞に耐える恋愛映画、沖縄を舞台に繰り広げられるみずみずしい青春映画の傑作である。

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