劇場公開日 2014年3月1日

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家路 : インタビュー

2014年2月26日更新
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松山ケンイチ&内野聖陽、震災後の福島と向き合った「家路」への思い

初共演となるこのふたりが少し年の離れた兄弟を演じると聞いて、不思議と腑(ふ)に落ちた。松山ケンイチ内野聖陽。何かが似ている。顔立ち? 大河ドラマ主演という共通の経験? 否、役者として地に足がついているところ、どこか“土”の匂いがするところではないか。そしてそれは、東日本大震災後の福島の現実に向き合う一家の姿を描いた「家路」という作品にとって、何よりも重要な要素だったと言える。ふたりはどのように故郷、家族に向き合い、登場人物の葛藤を体現し、やがて対面を果たすに至ったのか。(取材・文・写真/黒豆直樹)

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かつて10代で故郷を去り上京した次郎は震災後、福島へと戻り、立ち入り禁止区域にある我が家で自給自足の暮らしを始める。兄の総一は、妻・娘と共に仮設住宅で無力感に襲われながら悶々とした日々を過ごしていた。やがて次郎の帰郷は総一の知るところとなり、否応なしに兄弟は“過去”と向き合うことになる。

松山は本作への出演を決めた理由として「セリフの美しさ」を挙げる。

「脚本を読んで、登場人物たちが話す言葉が美しくて、心に突き刺さりました。そこに住んでいる人たちからしか出てこない言葉、普通の人には発しえない言葉ばかりで『このセリフを言いたい!』と心から思いました」

それは、同時に内野が語った本作の難しさをも示している。

「震災が題材ではあるんですが、家族や人が日常を生きるということに焦点が当てられていて、メッセージを押し付けずに大事なものを描こうとしている作品だと感じました。ただ、現実にいまも故郷から引き離され、総一と同じ思いを抱えて生きている人たちがいるわけで、それを自分が表現できるのか? という不安はありました。妻との関係も、心も体も離れてしまいそうなギリギリの状態で、弟へのコンプレックスもあり、母との関係ももろくはかない。その上、土地を奪われ、補償金だけでは解せないという思いもあり、ものすごい負荷を抱えながら頑張っている。小手先ではなく、総一という男のいろんな感情を僕の中に植え込んでいかなくてはできない役だなと思いました」

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総一と次郎、それぞれの人物像へのアプローチの中で、共にこれまでにない発見があったという。映画で漫画原作の強烈なキャラクターへと“変身”し、存在感を示すことが多かった松山だが、今回のアプローチは正反対ともいえるもの。ドキュメンタリー映画出身の久保田直監督の存在も大きく影響したようだ。

「どちらかというと感情を抑えながらやっていきましたね。監督からも『表現は過剰にしてほしくない』とは言われてました。監督がこれまでにドキュメンタリーで撮ってきた人の話も聞いたんですが、印象深かったのが、ゲイの黒人男性が家族にカミングアウトしたときの話。深刻な顔で言うかと思ったら、笑いながら告白したそうなんです。それを聞いて、僕自身も自分の感覚に囚われずに広い感覚で表現したいと思った」

その発見は、荒れ果てた故郷へと帰還した次郎が見せる不思議な明るさ、笑顔へとつながっていく。

「最初はもう少し暗く物静かなイメージだったんです。でもその話を聞いて『なぜ次郎は故郷に帰って来たのか?』と改めて考えたとき、いまも多くの問題を抱え復興もままならない故郷に戻るには、前向きな気持ちでないと絶対に無理だと思ったんです。ネガティブな感情以上に土地や自然への愛情、もう一度そこで生き直したいという前向きな気持ちを大事にしようと思いました」

一方、内野は自らが演じながら「総一が自分の手を離れて一歩を踏み出していくような不思議な感覚を味わった」と告白する。

「総一は一見、この状況に手も足も出ずにいる、優柔不断な情けない男に見えるけど、決して降参して両手を上げてはいない男なんです。そんな彼を演じながら、彼の明日が見つかるといいなと、どこか応援するような気持ちになった。それはこれまで演じてきた役とは違いますね。おそらく僕自身が彼を作り上げたというよりも、福島でのオールロケの環境の中で総一に命を吹き込むことができたという感覚が強いからだと思う。演じつつも傍から見て『総一には幸せになってほしい』と強く感じました」

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そんな総一と次郎が再会を果たす。ある事件から村を出て再び舞い戻った次郎と、故郷で守り続けてきた田畑を失った総一。10数年を経て対峙したふたりは、言葉ではなく拳を交わし、激しくぶつかり合う。内野は「見る人それぞれの答えがあるでしょうが……」と前置きし、その瞬間の総一の心情をこう代弁する。

「総一は会いたくなかったと思う。かつて自分の代わりに故郷を出て行った弟であり、毎日、農業に勤しみながらも二度と現れてくれるなと思っていたんじゃないかな? 会えば過去に封印した引け目や罪悪感と向き合わなくちゃいけない。それまでもいろんな厳しい局面で『次郎ならうまくやってたかな?』と感じることもあったと思う。そんな屈折した思いを抱えているのに、その弟が自分の捨てた田畑を耕してやがるっ、てところでブチ切れたんだろうね(笑)。『土地を守るってのはそんな簡単じゃねえ!』って思いもあったろうし、兄弟の再会の“通過儀礼”だったのかな」

松山は「ふたりが抱えている問題は結局、同じなんですよ」と語る。

「いろんな束縛から自由になりたいという思いもあって、次郎は東京へ行ったけど、それは結局、家族から逃げたというだけで何も解決していなかったんだと思う。次郎にも東京にいる間ずっと、葛藤があったろうし、兄を利用して自分だけが逃げたという罪悪感もあったと思う。そういうものを全て吐き出すきっかけがあのぶつかり合いなんだと思います」

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細かい演出をすることがなく、俳優同士の演技の話もほとんどなかったという久保田組だが、このシーンに関しては監督から「絶対に形だけでやってくれるな!」とお達しがあったという。内野が申し訳なさそうな面持ちで明かす。

「俺、プロレスは詳しくないけど、なんか大技が掛かっちゃったみたいで、ケンちゃんの頭が田んぼにめり込んじゃって、田んぼから足2本が生えてるみたいになったんだよね……(苦笑)」。

松山は「一生、忘れませんよ(笑)」とポツリと漏らす。

現場で多くを語らなかったのと同様に、互いの印象についても、ふたりは決して多くの言葉を費やさない。

「安易に“ストイック”という言葉を使うのは好きではないのですが、それでも内野さんにはストイックという表現が一番合うと思います」(松山)

「ケンちゃんは演技で嘘をつかない人だから、カメラの前で全てが成立する。スッと入ってナチュラルに着地させることができるんだよね」(内野)

目を合わさずにサラリと言う。この距離感が何とも心地いい。

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