劇場公開日 2015年7月11日

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サイの季節 : 映画評論・批評

2015年7月7日更新

2015年7月11日よりシネマート新宿ほかにてロードショー

帰るべき所を奪われた人々の悲劇と、闇の底に仄かに差し込む希望の光

1979年、イラン・イスラム革命の混乱にまぎれて投獄された詩人サヘル(ベヘルーズ・ボスギー)と愛妻ミナ(モニカ・ベルッチ!)。30年後に釈放された詩人は先に獄を出た妻の行方を求めトルコのイスタンブールへとたどり着く。

理不尽な申し立てで唐突に奪われた人生。取り返しようのない時を、生を、それでも回復しようとする彼は、許し難い暴力と嘘に翻弄された妻の今をゆっくりと知ることになる。そうしてその背後にちらつくもうひとりの影。唾棄すべき企みの主は詩人と妻の幸福を壊し、結果的に自らの生の行路も醜くゆがめ、悔恨とそれゆえにまたいっそう募る憎悪と断ち切れぬ邪恋とに苛まれている――。そんな悲劇。それは実在するクルド系イラン人の詩人の身に降りかかった話であり、監督バフマン・ゴバディは、彼自身もまた同じ悲劇を生きていると述懐している。

極寒の国境地帯で酔わせた馬を使って密輸をして兄弟の暮しを支えるクルドの少年をみつめた「酔っぱらった馬の時間」以来、イラン政府の検閲と闘ってきた監督は、許可を得ぬまま撮った前作「ペルシャ猫を誰も知らない」の後、亡命生活を余儀なくされた。居場所を、生の時間を、帰るべき所を奪われた自らもまた詩人と変わりない存在というわけだ。同じ悲劇は戦争や動乱の地で引き裂かれた無数の家族、人人人のそれとして悲しみの分厚い層を世界のそこここに堆積させてもいるだろう。沈黙の雄弁を味方につけ蒼ざめた調子を守る新作でゴバディはそのことをきりきりとみつめている。

時をかき乱し、詩の言葉と呼応する映像でこそ鮮やかに物語りする映画はけれども、闇の底に仄かに差し込む希望の光を締め出してはいない。例えば刺青師となったミナが夫の“形見”として彫るクルドの誇りに満ちた彼の詩句:「国境に生きる者だけが新たな祖国を作る」、それが指し示す未来。あるいは幕切れ、ざらりとひび割れたサイの肌を思わせる大地を踏みしめ進むひとり、振り返らず行く者の歩みの先を信じる眼差し。絶望するしかない今に光を見出すしぶとい意志が、漂白されて色を失った世界にみごとに照り返り、揺り戻しのように全篇に響いていく。

川口敦子

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