在韓被爆者 無告の二十六年 倭奴へ

劇場公開日:

解説

1971年7月1日、すなわち戦後26年目の7月1日、日本国総理大臣佐藤栄作は韓国に飛んだ。買収や、票の水増しあるいは粉失などあらゆる不正行為を行って再選された朴大統領就任式に列席するためである。1971年6月30日、釜山の八名の原爆被災者、すなわち、26年前の8月6日に、あるいは両親が土地を奪われた結果として、あるいは強制収用の結果として広島に住んでいた8名が、21時発ソウル行普通急行に乗り込んだ。佐藤首相あての直訴状をたずさえた彼女たちの身体は、26年前の被爆と、その後のまったくの放置状態の結果、徹夜のソウル行を不可能にしていた。しかも、五チウオンほどのソウル行の旅費は、彼女たちにとって二カ月分の生活費にあたり、寝台車に乗ることや、昼にたってソウルに宿泊することは不可能なことだった。にもかかわらず、彼女たちは出発した。どうしても旅費の都合のつかなかった被爆者たち、床から起きあがることのできない人々を釜山に残して……。

1971年製作/50分/日本
劇場公開日:1971年9月25日

ストーリー

ドキュメンタリー「倭奴へ」は彼女たちが釜山を立ち、一日朝五時にソウルに着き、11時に日本大使館前で韓国官権に不法連行され、佐藤栄作の日の丸がゆうゆうパレードし、日韓の友好をふりまいた、この26年目の7月1日のドキュメントから始まる。昭和16年に長崎に徴用をうけ、8月9日被爆、終戦後韓国へ帰るが、翌年の2月11日、12日と続けて二人の息子を失い、夫人が発狂して家出、今だに行方不明、自身も半身不随の徴用被爆者、生後二日目に被爆した精神薄弱精薄の青年、被爆二世の知的障害者の少年を追いながらカメラは「戦争」そのものへと主題を移し、ベトナム帰還兵のインタビュー。緑と花につつまれた国連軍墓地を追い、四人の子供を広島で失った被爆者が、MAID・IN・JAPANの文字の入ったおもちゃの内職に低賃金で働き、本物のバスや、自動車は、すべて日野、トヨタの資本で作られている様を映す。映画は後半に入って、日本に密入国して強制送還された孫貴達のインタビューに入り、被爆者たちのマッカリパーティーの中で、「日本人は憎い」「二重橋にいって天皇に会いたい」と語りなから「愛馬行進曲」や「ふるさと」を目に涙をうかべて歌う被爆者たちの屈折、つまり朝鮮人と差別されながらも、日本に生まれ、日本の教育をうけ、韓国へ帰り「半チョッパリ」と再び差別され、日本人が「朝公!」と呼んだのに対し、彼女たちは、日本人を「倭奴」と呼んだことを話すとき、すでにこのドキュメンタリーが、韓国の被爆者の問題だけでなく、我々「倭奴」の「差別」の構造と「国家意識」をその標的にすえているのが判明する。

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