不思議なヴィクトル氏のレビュー・感想・評価

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3.5フランスの波止場町を舞台にとる、善悪のあわいの曖昧な「不思議」テイストのノワール。

2022年12月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

シネマヴェーラの「ヌーヴェル・ヴァーグ前夜」にて視聴。
アメリカン・ノワールのプロットを、ルネ・クレールのようなフランスの流儀で撮ったという感じの、ちょっと不思議な犯罪ものだった。

冒頭から、美しいモノクロームの画面にくぎ付けになる。
うっすらと朝靄のかかる港町トゥーロン。陽光指す表通りと、陰影の濃い路地裏の対比。
活気に満ちた街の点景を、次々と念入りに映し出してゆくカメラワークを観て、ああこの感覚はいかにもヨーロッパ映画だなあ、と独りごちる。

その流れで、靴の修理屋とその家族、洒落ものの三下ギャング三人組、何でも屋を営むヴィクトル氏と、主要なキャストが順次紹介されてゆく。
主人公のヴィクトル氏は、ようやく子宝に恵まれたばかりの好人物で、街の誰からも愛される名士のひとり。だが、彼には家族すら知らない裏の顔があった。
彼は、街の犯罪者たちを牛耳る、故買屋の親玉でもあるのだ。

この設定自体は決して「不思議」なものではないし、むしろよくあるような話だ(日本の時代劇でも、さんざんそういった大店の店主は出てくる)。
ただ、この話の展開や、キャラクターの行動には、たしかにちょっと「不思議」なところがある。
通り一遍の犯罪譚を語っているようでいて、どこか「ズレている」というか、「思ったように話が進まない」というか。この微妙な違和感こそが、本作の「味」であり、タイトルに冠された「不思議な」という語感の由来なのだろう。

ヴィクトル氏の「二面性」ももちろんそうなのだが、他にも、癇性で偏屈の靴職人とか、亭主が逮捕されたのでギャングの玉の輿を狙う夫人とか、そのギャングの色に染まってろくでなしに育つ息子とか、本作の登場人物には、善悪のあわいが曖昧なキャラが多い。
しかも、作り手のほうは、彼らをあえて「善」と「悪」とに分けていない。
当然、人間は相手によって見せるペルソナを変えるし、善いこともすれば悪いこともする。
その両面を等しく描くから、観客は出てくるキャラに共感していいのか、嫌悪すればいいのか、よくわからなくなる。この仕組まれた不安定さ、不穏当さこそが、「不思議さ」の淵源だ。

しかも、「このあとどうなるのかな?」と思ったら「7年後」とか(笑)、ラストでの素っ頓狂なモーリスのっ言動とか(すげえびっくりした)、全体的に観ればかなり緻密に組み上げられた物語なのに、そこかしこの展開に突拍子のない部分があって、いわゆる「破調」が多い。
この、なんとなく「つかめない」感じが、わざとなのか天然なのかも、うまく「つかめない」。
これこそが、ジャン・グレミヨン監督の持ち味、ということか。

ヴィクトル氏役のレイミュは至芸。
あと、刑務所の群衆描写や、波止場でのペタンクのシーンなど、本筋ではない描写の活気と美観に心動かされた。クセは強いが、見ごたえのある映画だったと思う。

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じゃい