劇場公開日 2012年6月2日

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ファウスト : インタビュー

2012年6月18日更新
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A・ソクーロフ監督「ご自分の感性で、ご自分の気持ちで見て下さい」

エルミタージュ幻想」「太陽」のアレクサンドル・ソクーロフ監督が文豪ゲーテの名作を独自の解釈で映画化した本作は、第68回ベネチア国際映画祭金獅子賞を審査員の満場一致で受賞。純真な美少女マルガレーテに心を奪われ、悪魔に魂を売るファウスト博士の悲劇を、美と醜悪が混然一体となったような幻想的な映像で描き出す。難解とも言われる本作だが、ソクーロフ監督は「感性で見ればこれほど分かりやすい作品はない」と話す。(聞き手/児島宏子、構成/編集部)

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——ファウストたちの世界をのぞき見つつ、まるで自分自身をのぞき込んでいるような気分になるような、独特なフレームを用いていますね。どんな世界を表現されたかったのでしょうか?

「フレームはすべて作品の美学に結びついています。19世紀の絵画の美のような映像を作るためのフレームです。美術の世界における傑作はほとんど正方形に近く、若干横長のフレームなのです。これは絵画にとって重要なことだと気付いたのです。私が好きな絵画の巨匠たちの作品に学んだ結果のフレームで、単に美しさを意図しました」

——ファウスト役のヨハネス・ツァイラー、マルガレーテ役のイゾルデ・ディシャウクらのキャスティングの経緯を教えてください。

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「キャスティングはドイツの様々な都市で行いました。私がいつか見た19世紀ドイツ美術に登場する顔を探したのです。そのような顔を、現在の人々の中に見つけようとしましたが、極めて少なく困難でした。それで多くの俳優たちと会うことになったのです。イゾルデらを見つけるまで探し続けたました。彼女の顔はそう現代的ではありません。19世紀のヨーロッパ美術における肖像画は数も多く、写真がまだ登場しなかった時代に大きな役割を果たしていました。こうした肖像画を私は多数見てきたので、それが大きな助けとなり、キャスティングに成功したのです」

——原作に登場する悪魔のメフィストに代わり、高利貸マウリツィウスがファウストと契約を結びます。マウリツィウスの造形は、どのように作り上げていったのですか?

「メフィストを非現実的なものにしたくありませんでした。悪霊や悪魔は特別な姿をしておらず、普通の人間の姿をしていると私は考えていましたから。秘密めいたものも露呈しているものも兼ね備えたイメージを持っていました。悪は常に金と結びついています。そこで金に縁が深い高利貸マウリツィウスのイメージを考え作り上げました。金を貸し、借りた者は借金返済の義務が生じ、それに縛られ自由を奪われる、金によって人は他者を支配する立場に立つ。巨額の金を持つものが巨大な権力を持つ結果になる。この構図を考えたかったのです。象徴にせずに、現実的な存在として作り上げたつもりです。本作をご覧くださる皆さんは、どうぞご自分を信じて、他の人々が書いたり発言することを受け入れずに、ただただ、ご自分の感性で、ご自分の気持ちで見て下さい。そうすれば、これほど分かりやすい作品はないと思われることでしょう」

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——壮大なセットを組まれたと思いますが、ご苦労されたところは?

「セットとしては、当時を想起させるドイツ風の3つの町を、オープンセットで作りました。さらにセットとして、ファウストが住むフラットとマルガリータ一家の住居を、インテリアを含めて作りました。これら町の道もオープンセットで作りました。そこには橋があり家々が建ち並んでいます。それで制作費もかさみました。最初にデッサンを描き、19世紀前半のドイツの町を再現し、そこに日常生活の細部、風俗、習慣を構築していきました。このようなことのすべてが困難でした。映画に登場した町そのものが文字通り存在したわけではありません。部分的には考え付いたもの、別の部分は19世紀のドイツ美術に見られる町や建物の面影を導入したのです」

——「ファウスト」原作のどういった部分に現代に通じるテーマがあるとお考えですか?

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「人は生きて行く上で許されることは極めて少ないことを理解すべき、というテーマで話が進められていると思います。そして何をするにしてもあらゆる側面から、これを行うことが早すぎないのかどうか真剣に考えるべきです。例えば人間は核を開発して核エネルギーを受け取りました。しかし考えるべきことは、その利点だけではなく核分裂は未だに処理できない存在で、人々にとって大きな危険、脅威があるということです。このような段階で核エネルギーを得るのは早すぎるのです。この点に関して人々は一度も抑制をしていません。人々の性急さはあらゆる所でひどい惨事、悲劇を生んでいるのです。こうした結果を見ると、用心深さと賢明さが人間の特質ではないことが明らかです。しかも核を直ちに武器として使用することを考えたのです。これを当然のように受け入れて、誰ひとりこのような状況を押しとどめようとしない。止めさせなければならいことや、早急さに疑問を呈する人は誰もいない。悲しくつらいことです。この現代の大きなテーマは偉大な文学作品『ファウスト』にすでに見られます」

——差し支えなければ次回作について教えてください。

「ロシアには未来の事は前もってあまり話さない習慣があるのです。ただ、第2次世界大戦の記録映像を、ロシアやドイツのアーカイブで必死に見ているとだけお伝えいたしましょう」

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