劇場公開日 2012年10月27日

「終末医療に於ける問題提起と曖昧な意思表示に警鐘」終の信託 マスター@だんだんさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5終末医療に於ける問題提起と曖昧な意思表示に警鐘

2012年11月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

難しい

自分の命が間もなく消えようとするとき、その終わりの在り方を信じる人に託したいという願望は誰にでもあるだろう。
通常ならば託す相手は家族ということになる。だが本作の末期患者・江木秦三 (役所広司)が選んだ相手は主治医の折井綾乃(草刈民代)だった。綾乃は秦三の希望を尊重して延命処置を絶つのだが、数年あとになって訴えられる。

綾乃は検察庁に呼ばれ検察官の塚原(大沢たかお)から尋問を受けるのだが、ここでの検察官は非情な人間として描かれている。検察官による厳しい追求と、告訴に都合のいい言い回しの聴取書に、同席した検察官の助手が綾乃に同情的な表情を見せるから、余計に検察官が悪者のような印象を与える。
だが、人の生死に自然ではない人為的な行為が絡んだ場合、その是非を問われるのは法の場だ。
裁判に必要な判断材料は“事実”の積み重ねであって感情論ではない。検察官のとった行為は間違っていない。生命維持装置の取り外しについても、家族への説明が充分だったとは言えないように見える。綾乃がとった行為は、自分だけが選ばれた人間だとでもいうような振る舞いで、感情で医師としての職権を乱用したと言われても仕方がない。医療に携わる者として綾乃の行為は許されるものではない。許したら、それこそ患者を生かすも殺すも医者次第ということになってしまう。

亡くなった秦三にも責任がある。本気で綾乃に終を託すのなら文書にしておくべきだ。家族にもその旨を伝えておく義務がある。結果的に第三者が見て、もっともな行為だったと納得させるものの用意が必要だ。

秦三の家族にも問題がある。秦三と真の意味で信頼関係があったとは言いがたく、そもそもの発端はそこにある。
けれども裁判になったら、問われるのは綾乃がとった医療行為の是非だけだ。

この作品は終末医療がどうあるべきか、その難しさを問題提起するとともに、迂闊な終の信託が殺人事件に発展する危険性に警鐘を鳴らす。

秦三の妻・洋子は、自分以外の女性に夫が最期を託したことに嫉妬を覚えなかったのだろうか? 半端な“書き残し”は遺恨を残すことも考えねばなるまい。

マスター@だんだん