11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち : インタビュー

2012年6月1日更新
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三島由紀夫演じきった井浦新、自分探しの道中で思うこと

若松孝二監督の最新作「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」が、第65回カンヌ映画祭ある視点部門に正式出品され、このほど公式上映された。主人公・三島由紀夫を演じたのは、「キャタピラー」「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」「海燕ホテル・ブルー」などで若松組への出演経験が豊富な井浦新。今作のために、芸名をARATAから本名に戻すほど強い思い入れをもつ井浦に話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/本城典子)

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今作は1970年11月25日、自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自決へいたるまでの、三島と「楯の会」に所属する若者たちの物語を若松監督が映画化。学生運動全盛期の68年、三島は文筆業の傍らで民族派の学生たちと結成した「楯の会」に心血を注ぎ、有事の際に備えて訓練を積んでいたが、警察権力の前に自衛隊の出動機会はなく、いら立ちを募らせていく姿が丹念に描かれていく。

井浦にとって、映画主演作は「ワンダフルライフ」「DISTANCE」「青い車」に続き4作目。若松監督からオファーを受けたのは、他作品の撮影で右足かかとを剥離骨折した翌日だったそうで「『ケガをしたから別の人』という考え方をしないのが、監督の粋というか男気。僕もその思いに絶対に応えたいという思いがありました。とにかく体を動かせられない分、イメージトレーニングだけは先に完成させた」という。

万全の状態ではなかったものの、とにかく役に集中した。「監督が『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』のときにも言っていたことですが、今回も『間違いなく映画史に残る作品になる。おまえは、おまえの思うままに三島由紀夫を演じてくれ』とおっしゃってくださいました。実際、オファーをいただいてから撮影が終わるまで、役のこと以外考えずに過ごしました」。だからこそ、「若松監督のもとで三島由紀夫という人物を演じさせてもらったことは、すごく大きい」と語る。

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思い入れもひとしおだが「今後を見据えると、あくまでも通過点にすぎない」と熱をはらんだ口調で話す。「やりきったことに対して、監督が喜んでくれた。オファーを受けて、撮影を経てクランクアップし、仕上がりを見て喜んでくれたということで、監督との一番深くて大事な部分を投げ返すことができたと思っています。言ってみれば、それしか考えていなかったんです。『いい球投げてきたな』とひと言ほめてくれたので、完結しているんです」。すでに、複数の新作を撮り終えており「今後も違う役を演じていかなければいけない仕事。ものすごく高い、なかなか飛び越えたくても越えられないハードルを飛びきった心境です。またいつの日か、さらに高いハードルと出合えればいいですね」と目を輝かせる。

また、これまでの芸名ARATAから、本名へ“改名”したことについても聞かねばならない。大学在学中にモデルとしてデビューしてから寄り添ってきた芸名ではあるが、「愛着ってないんですよ。僕、あんまりこだわりがなくて。流れるままにARATAという名前でやっているんだから、そのままでいいということすら考えていなかったんです」と明かす。転機は、今作にあった。「この作品が、何となくひとつの映画として完成されるなあというのが見えたとき、エンドロールのことが頭をよぎったんです」。史実に基づき、主人公は文豪でもある三島。それだけに、「最初にアルファベット表記の名前が出てきたら、自分だったらちょっと残念な気持ちになるなと思ったんです。それが自分のことなので、こういうタイミングだし、若松監督の作品でもあるし、良い機会じゃないかなと感じたんです」と説明する。

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若松監督へ全幅の信頼を寄せているだけに、「そういう気持ちにさせてくれたのが若松監督で良かったです。監督に『この作品から本名に戻してもいいですか?』と相談したら、『それだったらおまえ、井浦新って、誰が三島やっているのかわからないじゃないか!』と怒られたりもしたんですが、『でも、そういう気持ちは、オレは嫌いじゃない』とも言ってもらいました」と笑う。かくして、2012年から井浦新として新たなスタートをきった。今後は一貫して本名として活動を続けていくのかと思いきや、「わからないですねえ(笑)。突然何かわけのわからないことが起こるかもしれませんし、それもひとつのエンタテインメントだと思っていますので」とジョークで煙に巻いた。

井浦は劇中で、満島真之介扮する森田必勝に「おまえの信じるものは何だ?」と問いかける。改名を経て、井浦の信じるものは何なのだろうか。「僕が一番言いたくない言葉が『自分』なんですよ。生き方の部分で、自分を信じていなければダメなのかもしれませんが、自分のことが信じられない部分もあるじゃないですか。自分の価値観なんて、一番どうでもいいことだったりもしますし」と、熟考しながら丁寧に話す。そして、「なかなか難しいですね。ひとつバシッと格好いい言葉が思い浮かびません。きっと、そういう状態なんだと思います」と語る表情は、意外にも晴れやかだ。

「人生って、60歳までは修行だなといつも思うんですよ。もちろん、それまでにどう生きてきたかってことが問われると思うんですが、その積み重ねがちゃんとできていれば、若松監督のようにすごく豊かな時間が経験できる。やりたいことをやって、オレはもういつ死んでもいいやと思えるようになれるのって、それ以降なんでしょうね」。それを見つけ出すためにも、井浦は目の前の仕事にまい進する。「その時代、時代で信じるものを見つけ出すために、自分を更新しながら、塗り替えていきながら、いろんな進化、退化を繰り返しながら、還暦のほうへ向かっていきたいんです」と言葉を選びながら話す姿からは、人としてどこまでも真摯な姿勢がうかがえた。

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