劇場公開日 2010年5月22日

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「厳しさの中に隠れた、互いの思いやりを垣間見るとき、最後は涙を押し切れないほど、ホロリとさせられます」春との旅 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0厳しさの中に隠れた、互いの思いやりを垣間見るとき、最後は涙を押し切れないほど、ホロリとさせられます

2010年4月28日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 もうこれは仲代達矢のワンマンショーといっていいくらい作品です。実年齢と近い仲代は、脚本にほれ込んだと言い、卓越した演技力で、頑固かつ偏屈な忠男を生々しく演じきりました。
 この忠男に対する仲代の思い入れには、凄みを感じさせられることでしょう。
 もうチョットでオーバーアクションになるギリギリまで、仲代は忠男の頑なさを出し切っています。春役の徳永えりとの息もぴったりで絶妙!
 加えて小林監督の演出は、ゆったりとしたカット割りに、少なめな台詞が持ち味。セリフのない「表情」や「間」に魅せられます。じっくり芝居を見せる作品なんですね。恐らく年末の映画賞レースで各賞にノミネートされる傑作でしょう。

 冒頭、北海道の荒海と寂れた漁村にパンしていきます。その荒涼とした光景は、寒風が肌に突き刺さってきそうなほど寒々しいものでした。
 その漁村に佇む一軒家から、老漁師の忠男が家から飛び出し、その後を孫娘の春が慌てて追いかけます。
 説明的なセリフはほとんどありません。
 春と忠男が暮らす漁師町のカメラワーク一発で、作品の世界に引き込まれてしまいました。ふたりの抱えた事情は、次第に分かっていきます。春との旅は、決して桜が咲いて春の到来を告げる旅ではありませんでした。春の母が死んでしまい、老いた忠男とふたりだけの暮らし。それなのに春は仕事を失ってしまって、生活がピンチに。止むを得ず、忠男を預ける先を探す旅に出たのでした。
 これはもう現代の姥捨物語といっていいお話しです。小林監督版「櫓山節考」といってもいいでしょう。もちろん春に祖父を捨てる意思はありません。けれども、いく先々の親族で拒絶されて意固地になっていく忠男の姿に、それを見る思いでした。

 旅のなかで、生きることの厳しさを、ふたりはたっぷり味わいさせられます。そこには、老いの悲しみと肉親の感情の葛藤が綴られていました。でも本作が巧みなのは、その厳しさの中に隠れた、互いの思いやりを垣間見るとき。最後は涙を押し切れないほど、ホロリとさせられます。それが実にいいのですね。そして、忠男のどこか憎めなさに、親近感を感じました。

 家を出たふたりは列車に乗り、何処かを目指すことになります。でも孫と祖父の関係にしては、何処かぎくしゃくしています。そして一軒の大きな家に到着して、やっとふたりの旅の目的がわかります。
 どうも生活を維持していくための術を長兄の重男に頼ろうとしているようなのです。しかもアポなしで。
 居候となろうというのに、忠男の不遜さは筋金入りです。兄の重男に向かって、絶対に頭を下げません。納屋でいいから居候になってやろうという物言いなのです。
 ムッとなった重男は、忠男に家族の反対も聞かずに、ニシン漁にのめり込んだ過去のことを諫めます。忠男の苦境も元はといえば、それが原因で生活苦に追い込まれたのでした。いわば自分が捲いた種だったのです。
 実際にも昭和28年に忠男が暮らしていた増毛の沖でニシンが姿を消してしまい、ニシン漁に頼っていた日本海沿岸の漁師たちは貧しくなっていくのです。それでも日本海の漁師は、いつかまた、ニシンが戻ってくると信じていたとか。忠男もそんな見果てぬ漁師のひとりだったのでした。

 体よく重男に追い出される忠男であったが、別れ際重男はホロリと実情を語ります。実は息子夫婦が実権を持っていて、自分たちは近日中に老人ホームに入る身の上なのだと。申し訳なさそうに語る重男に、兄弟の絆を感じました。

 重男が断ったように、自分勝手に生きてきた忠男は、親類との関係も疎遠でした。それでも、仕方なく次は、宮城・鳴子温泉で旅館を切り盛りする姉に当たってみるものの、春だけなら引き取るという、つれない返事でした。
 さらに忠男に追い打ちをかけたのが、一番気の合った弟が服役中だったことです。もう後がなくなった忠男は、もう一人の弟道男を訪ねます。しかし、道男からバカと何度も大声で激しく罵倒され激高した忠男は、道男を押し倒して、取っ組み合いになってしまうのでした。
 ここで注目したのは、体力では勝るのになぜか道男は、兄に殴られるまま抵抗せず泣いていたこと。それを見ていた道男の妻明子は、「仲がいいのね、羨ましい。」というのです。
 その性格から、兄弟から疎ましく思われて、何十年も音信不通になっていても、やはり血の繋がった兄弟なんだという家族の絆の深さを感じさせてくれました。
 重男の妻の菅井きん、服役中の弟の内縁の妻役の田中裕子を含め、芸達者なベテランをぜいたくに使った配役がぴたり決まっています。特に大滝と柄本は、短い出番ながら、なくてはならない存在感でした。それぞれ忠男と表面上ぶつかりながらも、それぞれに事情があり、内心は申し訳なく思っているのです。そんな心情を、仲代との絶妙な掛け合いで表現していました。

 頑固な老人がどうしようもない現実にぶつかってもがく。そんなノリままだったなら、春のあり得ないような純朴さや余りに身勝手な忠男の言動に、共感できないまま、酷評することになったかもしれません。
 ところが、忠男兄弟の絆を見せつけられた春が突然、幼い頃に自分を捨てた憎むべき実の父親に会ってみたいと言い出します。忠男と兄弟の仲も、春と別離した父親の関係も、冬の閉ざされたさなかにあったのでした。

 北海道の牧場で暮らす父親の家に着いたとき、突然父親の後妻の伸子から挨拶された春は、父親の再婚を知ってショックを受けます。そして父親と再会したとき、母と離婚そしてその後の母の自殺の真相が明かされて、春が背負ってきた悲しみの深さに、グッ~と胸が締め付けられました。「人って自分のことしか考えられないの?」と健気にいう春がいじらしいのです。
 そんな春を無言で、抱き寄せる父親の優しさにもホロリとさせられました。

 忠男は親子の対面に気を利かせて、家の外で牧場を見ていました。そんな忠男に、伸子が言い寄ってきて、一緒に住まないかというのです。伸子は、父親不在で育ったため、忠男に父親代わりになって欲しいとせがむのでした。
 さんざん身内の兄弟に断られたあげくに、他人の女から家に来ないかと言われるのは、何とも皮肉です。そんな暖かい申し出に、涙を浮かべつつ顔をそむけてしまった、仲代の表情に真の人生を見た思いです。

 父との再会後、そば屋の場面が圧巻です。春の母とこの店を訪ねたことがあるという忠男が、母の思い出を語り出します。それを聞く春の目から自然と涙が止めもなく溢れます。泣きながらそばをすする春を、忠男が愛おしく抱き寄せるところが堪りません!名シーンです。
 十分な間をとった長いワンシーン・ワンカットの中、ふたりの旅の何気ない場面が、ふいに見る側の心に浮かび、家族の絆の大切さに、言い知れぬ思いがこみあげてきます。
 小林監督の作品の世界には、これまでどこか観客を突き放したところがありました。しかし本作は違っていました。最小限のセリフを大事に紡ぎ、俳優陣の名演と共に、親子、家族という、誰しもが抱える普遍的な問題を、観客にも考えさせてもらえるハートウォームな仕上がりです。家族、人生、死… 多くのことを考えさせてくれる、熟練の域に達した感動作だと思います。

流山の小地蔵