劇場公開日 2010年3月6日

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イヴの時間 劇場版 : インタビュー

2010年3月4日更新

05年に発表した個人制作アニメ「ペイル・コクーン」が注目を集め、個人制作による商業アニメのクオリティを確実に押し上げたとされる吉浦康裕監督。個人制作から少数精鋭のグループワークへと移行して送り出した「イヴの時間」は、アイザック・アシモフの“ロボット三原則”が重要なモチーフになるなど、SFファンにも注目の一作だが、描かれるのはロボットと人間が織り成す日常のドラマで、SFアニメにありがちなアクションものではない。その独特な世界観を築きあげた吉浦監督に話を聞いた。(取材・文:斉藤守彦)

吉浦康裕監督 インタビュー
「『イヴの時間』の原点は、アシモフの小説なんです」

独特な世界観をもった「イヴの時間」はどうのようにして生まれた?
独特な世界観をもった「イヴの時間」はどうのようにして生まれた?

「イヴの時間 劇場版」を見て驚いたのは、その世界観だ。近未来、たぶん日本。そこではロボットを家電製品として扱っており、家事には人間型のアンドロイドが用いられている。この世界では人間とアンドロイドの存在は厳密に分けられているが、主人公・リクオが迷い込んだ喫茶店「イヴの時間」では、アンドロイドと人間を区別しないことがルールだった。

吉浦康裕監督 (2月19日のトークショーにて)
吉浦康裕監督 (2月19日のトークショーにて)

吉浦康裕監督は言う。「喫茶店『イヴの時間』でロボットが“人間らしく振舞う”という条件を成立させるためには、店の外でロボットが“その対極の扱いを受けている”という事実を描く必要がありました。その結果として家電製品という扱いに落ち着いたわけです。奴隷ではなく家電かな、と。一見すると人間そっくりな姿の存在に対して、そのような扱いはショッキングかもしれませんが、アンドロイドが実際に日常生活の中に存在した場合をリアルに考えると、そうした価値観もありえると自分は考えています」

だが同じ画面に存在する、人間とアンドロイドの描写を区別するのは、アニメ演出上難しいのではないだろうか?

「アニメにおいては純粋に絵で“人間”と“アンドロイド”を描き分けるのは不可能に近いんですよ。よってそれ以外の演出……つまり、人間とアンドロイドのコミュニケーションの見せ方で、人間対人間の会話ではありえないような違和感を徹底的に描こうと思ったんです。例えば“人間が進路を遮るとアンドロイドは無言で立ち止まる”という状況。主人公の姉は“(アンドロイドの)サミィを真正面から見”ながら“後ろにいるリクオに話しかけている”という描写等を繰り返すことで、アンドロイドが非人間的な扱いを受けている状況を刷り込んでいく……その描写を考えるのが、苦労した点ですね。演出的には楽しくもありましたが」

08年から配信された「イヴの時間」全6話は、1話ずつの緻密なドラマ構成、完成度の高さが評判となった。

作中で肝となる、このルールが最初に設定された
作中で肝となる、このルールが最初に設定された

「各エピソードを考える以前に、最初にあの世界観とお店のルールを基盤として設定しました。その上でお店のルールを守りつつ、店内でどのようなドラマが描けるかを箇条書きにしてゆき、そこから個々のドラマを考えていったという感じですね。さらにその上で、背後に存在する大きなバック・ストーリーも考え、個々のエピソードの合間合間にその情報を入れ込んで、繋ぎを持たせていきました。ただいずれにせよ、個々のエピソードの短編的な面白さと完成度を優先したのは確かです」

短編的な面白さを目指した配信版に対して、劇場版では1本の映画として、大きなストーリーを語ることを心がけたという。

「仮に6話を単純に繋げただけだと、ただの短編集になってしまうと思ったんですよ。それだとわざわざ劇場版にする意味がないと思ったので、まずはブツブツと途切れないような構成にするために新規シーンを様々な箇所に加えてゆきました。それだけではなく、各々の新規シーンの情報を拾ってゆくと、大きなバック・ストーリーが垣間見えるような仕掛けになっています。それ以外にも、再編集・再作画・台詞の変更や1カットのみの新規カット挿入など、追加要素はいたるところにあります。配信版でやり残したことは全てやろうと思ったので、その結果ですね」

さらに劇場版では、クオリティを高めるための修正作業もほぼ全般に渡って行っており、「特に1話から3話などは、最終話までに培ったノウハウで作り直しました。また劇場での上映がハイビジョン画質なので、デジタルエフェクト等も修正しましたね。ですので劇場でチェックした際は自分でも感動してしまいました(笑)」とのこと。

アシモフの「ロボット三原則」は作中でも多く語られる
アシモフの「ロボット三原則」は作中でも多く語られる

ちなみに吉浦監督に「今まで見たSF映画、読んだSF小説のベストは?」と聞いたところ、面白い回答が返ってきた。

「アイザック・アシモフの小説には多大な影響を受けています……というよりも『イヴの時間』の元ネタですね。『われはロボット』『夜明けのロボット』『鋼鉄都市』『バイセンテニアル・マン』等の小説は、どれも大好きです。SF映画ではアンドリュー・ニコル監督の『ガタカ』が特に好きですね」

VFXバリバリのハリウッド映画で育った世代と思いきや「小説も映画も、題材が古典的であればあるほど好きな傾向にあります」と語る、29歳の吉浦監督。そのクラシカルな嗜好と、新しい表現技術の融合が、これからも斬新な作品を生み出していくことだろう。

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