フラミンゴは、なぜ深い紅いろをしているのか。その答えが、アフリカ・タンザニア北部のナトロン湖にありました。
元々この企画はナトロン湖のドキュメンタリーから始まったそうです。模型飛行機で記録した映像は、まるで自然の万華鏡のようで、赤く染まった湖底に魅入られたとリーンダー監督は述べています。
そして、ナトロン湖が夏期には、水分が蒸発して一面白一色になるとき、大きくてピンク色をしたフラミンゴのの群れが、フレームの周りをスローモーションで飛んで行く姿は、まるで抽象画かなにかのような光景だと感じたそうなのです。
そこでこの湖の物語をどう作るか考えていた監督は、次第にフラミンゴこそ登場人物に相応しいと考えるようになったのでした。
その主役たちの数は、なんと150万羽!(@_@)
主役たちが登場し、編隊で湖面に自らの姿をシンクロさせる姿は、凄く自然の神秘をを感じさせ、その余りの映像美に圧倒されて、感激の余り涙ぐんでしまいました。湖面すれすれに大群が飛ぶ映像の雄大さに、きっと皆さんも圧倒されることでしょう。
けれども冒頭に現れる主役達は、羽の色が茶色をしていて不格好で醜く、冴えません。 フラミンゴがどうして赤いのか?ここまで書けば、ハハ~とお気づきになるかと思いますが、ぜひご覧になって、確かめてみてください。印象に残る発見になると思います。
本作には、ドキュメンタリーながら脚本家がシナリオを用意した上で、撮影が進められました。それは、フラミンゴの卵の雛がかえって、一人前に飛び立つところまでの1年を追いかけたもの。ドキュメントながらドラマは豊富でした。
その物語の中核にあるものは、生と死、誕生と再生という小地蔵的に言うと、諸行無常を感じさせるものでした。
そのために、ただ可愛い、美しいフラミンゴの生態を描くばかりではありません。塩が足に堆積して歩けなくなるヒナ。アメリカハゲコウやマングースに襲われるヒナのシーンも描いて、熱と塩が支配し、天敵に追われる過酷な環境にも触れることで、彼らの生と死のコントラストを際立たさせていました。
それは他人事ではない感じがします。私たち人間が日々感じる無常にもつながり、フラミンゴも頑張っているのね、耐えているのねと思わず感情移入してしまうことでしょう。
何キロも離れた別の湖へ、外敵から安住の血を求めて行進するヒナたちの姿も感動的。そしてヒナたちを見守る、誘導係の存在には、感心しました。フラミンゴの社会には、きちっと分業が成立しているのですね。1羽1羽のフラミンゴに役割があるのです。子供たちを誘導して引っ張っていく役、子供がはぐれないように見守る役など、どうやって決まっているのかわかりませんが、凄いなと思いました。
「ハイビジョン映像が家庭で見られる今、自然こそが劇場の大画面で堪能してもらえる題材だ」と、プロデューサーのジャン・フランソワ・カミレッリと語っていますが、出来れば劇場の大画面で見ていただきたいものです。
日本語ナレーションを務めた 宮崎あおいは試写会のゲスト出演で、「言葉が、皆さんに上手く伝わらないんじゃないかと不安がありましたが、自分の声が入った作品を見てみるとうれしいですね」とアフレコの感想を語っていました。なんと、彼女は「子どものころからフラミンゴみたいに立つことがよくあって、前世はフラミンゴだと思っていました。」のだそうで、けっこう本作のナレーションには入れ込んでいたみたいです。
映画・ドラマでの演技とは勝手が違い「主役はフラミンゴ。これをどう伝えるかとか、見ている方のじゃまにならないようにするとか、難しかったですね」と苦労も語っていました。
ちょっと芝居の台詞回しに近い語りだけれど、彼女らしい可愛い口調で語るのが、本作にあっていましたよ。
そして、ラストのナレーション。いつまでこの自然が残せるだろうかという問いかけに、深く考えさせられました。
音楽も映像にマッチしていてよかったです。