劇場公開日 2009年2月21日

長江にいきる 秉愛の物語のレビュー・感想・評価

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5.0美しき三峡に隠されていた、強い女性の悲しき物語

2009年5月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

中国の三峡は、水位が上昇した今も人気の高い観光地だ。その中でも、巫山十二峰がそびえる巫峡の風景は三峡観光の見せ場のひとつなのだが、この作品は、その巫峡の入口付近の長江沿いに暮らしていた家族を追ったドキュメンタリーだ。

 冒頭、旦那さんと二人でみかんの取り入れをしていた、この作品の主人公であるビンアイさんが、なんとみかんを入れた50キロもの籠を担ぐシーンに驚かされる。それだけ男尊女卑なのか、と思うのだが、実は、旦那さんが足が弱くて重いものが担げないから、ということがわかり、ビンアイさんが家族の大黒柱であることに感心する。そこから、ビンアイさんの魅力に観客はどんどん惹きこまれていく。
 ビンアイさんの人生は、どこを切りとっても悲劇的だ。好きな男性と恋愛していたのに、別れさせられて今の旦那さんと結婚したこと。何回も妊娠するのだが、国家の政策もあって産めなくて何度も流産や堕胎をしてきたこと。そして、三峡ダムによる水位の上昇で、今まで開墾してきた土地を手放さざるおえないこと...。特に、土地や家を手放させようとする役人とビンアイさんとの対決のシーンは、その悲劇の極みと言えるものだ。
 中国では、土地や家はすべて国が管理していて、国の一声で住人たちはすべて失ってしまう。ビンアイさんが、「自分はどんなに苦しいときでも国にたよったことなどない」と言いながら、立ち退きを求めてやってきた役人たちを睨みつけるシーンは迫力満点だ。長江のそばで、三峡ぞいの斜面ばかりの土地であっても、得てきた恵みを手放したくないビンアイさんが、今の地にとどまって生きようとする姿、苦労を苦労とも思わない人生を生きてきた、たくましくて強い様子は、見る者の心を震わすくらいに感動的だ。

 そんなたくましさの一方、自分の息子や娘、旦那さんを気遣う様子は、とても優しい妻であり母親の一面を見せる。その優しい顔をしたビンアイさんが、結婚させられたことや流産などの苦労話を淡々と語るシーンは、切々とした情感に満ちている。この作品はドキュメンタリーなのだが、ドラマ性の高い内容で、人間の生き様を物語っているように感じた。

 この作品の中でひとつ気になったことがある。それは、ビンアイさんの口から子どもたちの幸せを願う言葉はあっても、自分の幸せを語るシーンは、一度も出てこなかったことだ。幸せを掴むためならどんな苦労もいとわない、のが人の生き方だとしたら、ビンアイさんに幸せを感じるときがないことこそが、最も悲劇的なのだ。
 この作品の監督は、ビンアイさんのその後も撮影していて、続編として公開するらしい。今度はぜひ、ビンアイさんの口から幸せな瞬間を聞いてみたいものである。

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こもねこ