劇場公開日 2008年2月9日

「芸術家が撮った映画」潜水服は蝶の夢を見る 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0芸術家が撮った映画

2020年7月11日
PCから投稿

正直なところ、片眼球しか動かない四肢麻痺の患者にたいして、ここまで献身的なことに感心した。よく知らない世界だが、もっと素っ気ない待遇をされるような気がしたからだ。ましてあの方法で本を書かしめたことに驚いた。とうぜん財力にも依るのだろうけれど、最強のふたりやこの映画を見てフランスは病人に篤いのかも──などと漠然と考えた。

ところで、監督ジュリアンシュナーベルは画家でもある。
むしろそっちのキャリアが本職のようだ。ネットで見たかぎりでは割れた皿をキャンバスに貼り付けた絵画──主にポートレイトを製作している。

その来歴を知って驚いたのはシュナーベルがまともな映画監督であることだ。
と、いう言い方も変だが、まさにそこである。
なぜなら、前衛的な芸術を標榜している画家が、大衆に解る映画を撮ることが珍しい──と思えるからだ。
例えば日本では、芸術家が映像作品に、大衆を意識することはない。
皿を割ってカンバスに貼っつけるような抽象主義のアーチストが、大衆芸能に下野する──なんて現象は日本には絶対にないのである。
寺山修司や池田満寿夫しかり。そのての世界では評価されるのかもしれないが、箔付けか余技か自己顕示かなにかであって、観衆を面白がらせる動機も技量もありはしない。それは蜷川実花や手塚眞にも言える。すくなくとも日本では芸術家がドラマ演出のメソッドに与することはない。

ところが、シュナーベルの潜水服はカンヌで監督賞を獲り、その他多数のアワードで外国語映画賞を総なめにしている。動けない重篤者を主役に置いて、112分間引っ張る──賞はきわめて当然だと思う。
BasquiatやAt Eternity's Gateも基本的な演出技術に裏付けられた映画だった。応用が効く能力ではないはずの芸術家スタンスだが、向こうの人は二足わらじもはけるらしい──というより、芸術家という立場を自尊や驕りで固めてしまうことなく大衆に寄り添う──個人的に、そんなことを思った映画だった。

コメントする
津次郎