「感動と共に心も温まります。」再会の街で plutonerさんの映画レビュー(感想・評価)

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再会の街で

劇場公開日 2007年12月22日
全11件中、3件目を表示
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感動と共に心も温まります。

傷を負った人物、どん底にいる人物の再生の物語だから、地味ではあるけれど、ラストには感動する、とても良い映画だった。

原題は「Reign over me」。
チャーリーは、家族を一気に失った壮絶な苦しみ・悲しさを、誰にも話すことが出来ず、全てを忘れようとしていた。殻にこもりきっていた。でもアランと再会し、まずは関係のないことからだけれど、話をするようになる。

度々会うようになっても、家族のことは一切話すことが出来なかった。アランはチャーリーの大学時代の友人で、自分の家族のことを知らない。だから聞かない。だから安心出来る。それで避けることなく会えたのだろう。
逆に、当時仲良かった人たちは、ダメ。皆自分の家族を知っているから。

つまり、昔の自分しかしらない友人と再会出来たからこそ、話せるようにというか、また付き合えるようになったのと思う。もしアランも家族を知っていたら、無理だっただろう。
そして、アランは自分がチャーリーのために何かしたい、チャーリーを良くしなきゃ、などと世話をやこうとしながらも、自分も実は満たされない、ぎこちない家庭生活を送っていることを認められるようになってくる。

チャーリーだけが励まされ助けられるのではなく、アランもチャーリーとの交流によって、自身を見つめ直し、一歩前へ進めるようになる。お互いの存在が、お互いの力になる。

アランは始め、自分が立ち上げた歯科病院でも、肩身が狭そうだったのに、最後には偉そうにしている重役に、ビシっと言えるまでになる。それは、
「お前は、大学の頃、妥協しなかった」
とチャーリーが言った一言に勇気をもらったからだ。

チャーリーが自暴自棄になり警察に捕まり、病院に拘束されるかの裁判で、亡くなった妻の両親がはじめは「娘たちを忘れるなんて!!」ととても腹を立てていて、病院に入れようとしていたのに、実は本当はチャーリーがどれだけ彼女たちを愛しているか、覚えているかということを知って、和解するシーンは涙が出てきた。

(「チャーリーは家族の写真も持ち歩かない、話も一切しない、なんて酷い人間なんだ」、
と妻の両親は決め付けていた。チャーリーは家族の話は傷が深すぎて一切出来なかったから、両親の誤解も解けずにいた。でも、裁判所で始めて、チャーリーは自分から、写真を持ち歩かない理由を話す。それは、写真など持たなくても、一瞬にして顔が浮かぶから、
という理由。彼は泣きながら精一杯話す)。

中年男二人の再会・友情の物語なんかではなく、大切な人を失い深く傷つき壊れてしまった一人の人間が、昔の友人との再会をきっかけに、少しずつ問題と向き合えるように、自分の道を探し始められるようになる、素敵なヒューマンドラマだった。

日本でも、震災などで身近な人を亡くした人は多いと思う。
私自身は身近な人をある日突然亡くした経験はないから、本当の共感や理解は出来ないけれど、大切な人を失ったことがある人、また、身近にそういう人がいる人が観たら、より心に響き、癒される作品だと思った。

見終えたあとは、感動と共に心温まる、良い映画です。

plutoner
さん / 2015年3月7日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  泣ける 悲しい 幸せ
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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