劇場公開日 2006年5月20日

「タイ製ホラー映画の代表作」心霊写真 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0タイ製ホラー映画の代表作

2022年12月5日
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2000年代のタイを代表する国民的ホラー映画。日本でいえば『リング』みたいな立ち位置だろうか。心霊写真という古典的だが確実に恐怖中枢を刺激する題材を起点に、過去の「ある事件」の真相へ向かって物語がサスペンスフルに展開していく。

批評家の四方田犬彦がどこかで言っていた気がするが、タイはホラー映画がとても盛んな国の一つなのだとか。これはおそらくタイの宗教観と密接な関わりがある。というのも、タイは電車の優先席の対象者に「障害者」「妊婦」「老人」と並んで「僧侶」が列せられるほどには真摯な仏教国家であり、国民一人一人の宗教への意識が比較的高い。しかしタイ仏教は、日本仏教が神道との融和を果たしたように、ピー信仰という特殊な土着宗教と分かちがたく結びついている。ピーというのは精霊という意味だが、そこには日本でいうところの妖怪に近いニュアンスがある。タイの有名な妖怪として、首から直接臓器が剝き出しでぶら下がっている気持ち悪い女の怪物がいるが、アレもピーの一種だ。そういえばこの前彼女が主題の恋愛映画が公開されてたな・・・日本には絶対来ないだろうけど。

何はともあれ、これでなんとなくタイでホラー映画が人気を博している理由がおわかりいただけたのではないかと思う。タイ人たちの仏教への関心深さは、そのままピー信仰への関心深さでもあり、それゆえピー(とそれに準ずる超自然的存在)を主題化したホラー映画もまた広く人々の関心を集めるのだ。今年の夏ごろに公開された『女神の継承』も、脚本こそ韓国人のナ・ホンジンの手によるものであったが、あのヌメっと湿度と手触りのある恐怖はまさにタイ映画という感じだった。

そうそう、この手触りというやつもけっこう重要なタームかもしれない。タイのピーには実体があることが多い。日本の幽霊やアメリカのゴーストみたいに半透明だったり足がなかったり、みたいなことはあんまりなくて、常に人間と同じだけの物理的な厚みを有している。アピチャッポンの『ブンミおじさんの森』などがいい例で、全身が毛むくじゃらになってしまった男や遥か昔に死んでしまった女が一堂に会して淡々と会話や食事をするシーンは、日本人の私からすれば不可思議きわまりなかった。

本作の幽霊もまた、幽霊と呼ぶにはあまりにも実体を有しているときがある。特に中盤以降、彼女は惜しげもなくカメラの前に姿を現し、主人公たちにほぼ物理的な危害を加える。その立ち振る舞いたるや『シャイニング』や『ミザリー』に出てくる狂人のようだ。しかし一方で忽然と姿を消し、かと思いきや鏡の中やバックミラーの中にふと現れる。そこにいるのかいないのか、存在と不在の振り子でもって主人公たちを徐々に追い詰めていく。このあたりは古き良き日本のホラー映画の方法論に近い。

つまり本作は「気狂いが襲ってくる」というサイコスリラー的恐怖と「正体不明の何かに生命を侵犯されている」というJホラー的恐怖がうまい具合にない交ぜにされているといえる。そしてそれはタイの不可思議な宗教的土壌があってこそ成立したものだ。これを相乗効果とみるか中途半端とみるかは受け手の感性次第ではあるが・・・

また前半と後半で加害者/被害者の構図が180度変転する物語構成もなかなか面白かった。『欲望』然り『血を吸うカメラ』然り、何かを撮ることの権能を無邪気に絶対化している者にはやがて無慈悲な空転や死が訪れるものだ。それは映画監督という因業な職業者たちによる自己言及的な批判意識の表れなのかもしれない。しかしまあ本作の主人公はなかなかしぶとかったな・・・ラストカットで主人公のガールフレンドが病室のドアを開けたとき、一瞬だけ幽霊に憑かれた主人公の寝姿が映る演出がニクかった。

あと作中で使われていた心霊写真は、実際に映画制作部がタイ中に募集をかけて集めたものらしい。本編中では「こんなのは偽物さ」とはぐらかしておいて、本編終了後に真実を明かすという意地の悪さもかなり素敵だ。

因果