「もう一度映画館で観たい不朽の名作」惑星ソラリス TRINITY:The Righthanded Devilさんの映画レビュー(感想・評価)
もう一度映画館で観たい不朽の名作
スタニスワフ・レムの小説を名匠アンドレイ・タルコフスキーが映像化したSF映画の金字塔。
学生時代、先に映画を観てから原作小説(当時は飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』)に触れ、今世紀になって完訳版(沼野充義訳『ソラリス』)が出版されてからは4、5回読み比べしているので、合計15回くらいは読んでいると思う。
原作との相違で冒頭の地球での場面やラストシーンが話題になることが多いけれど、個人的にはハリーが蘇生(今回の放送の字幕では復活)する場面に両者の違いを強く感じる。
ハリーが自殺をはかった直後、原作でのクリスは科学者として「どんな酸性溶液よりも腐食性の強い液体酸素なんか飲んだら生物としての蘇生どころか、物質としての復元すら不可能」と分かっていながら、自己弁護か現実逃避なのか、薬品棚をまさぐっている最中に背後でハリーが蘇生する気配を察しておののき、完全復活した彼女から「やっぱり私が怖いんでしょう」とやり込められるが、すべてクリスの個室内での出来事で、ほかに目撃者はいない。
映画でのクリスはハリーが液体酸素を飲んで死のうとしたことに戸惑いながらも、その眼差しは明らかに彼女の蘇生を期待している。
そしてもっと重要な相違は、タルコフスキー監督がこの場面をステーションの回廊に場所を移すことでスナウトにも立ち会わせていること。
その意図は極めて明白で、彼に「不気味だ」というセリフを吐かせるため。
でも、タルコフスキーが描くハリーの蘇生シーンはそんなにいうほど不気味だろうか。
儚くも哀しげではあるが、むしろ美しいと感じた人も多いはず。
スナウトが蘇生のシーンを不気味に感じるのは、生物が蘇生するわけがないという思い込みがあるからにほかならないが、宇宙に目を向けずとも地球には蘇生する生物なんていくらでもいる。
昆虫や爬虫類の仲間は、死んだように冬眠しながら、春には再び活動を開始する。
広葉樹だって冬には葉を落とし枯れ木同然になっても春が訪れれば芽吹いて花も咲かせる。これらの営みは蘇生といってもいいだろう。
SFの世界では地球人と異星人は当たり前に会話しているが、将来そんなテクノロジーが開発されるのなら、同じ地球の生物とのコミュニケーションだって可能なはず。
もしそんな時代がくれば、人類は地球のほかの生き物たちから「人間って蘇生できないんですか」と言われてしまうかも知れない。
タルコフスキーがみずから挿入したスナウトの言葉とは相反する映像を作ったのは、人間の自己欺瞞に満ちたエゴの暗喩なのではという気がする。
原作者レムの三部作(正確にはファースト・コンタクト三部作)にも人類の科学や知識に対する過信や自己欺瞞がテーマとして通底しているように感じる。
一作目の『エデン』では異なる文明化の過程を経た異星人となまじ接触したために訪れる悲劇が描かれ、三作目の『砂漠の惑星』は武装宇宙船に「無敵号」と名付け、自信満々で外宇宙に繰り出した部隊がどんな敵に何の攻撃を受けているかすら分からぬまま全滅寸前にまで追い詰められる話。
両作品の間に書かれた本作の原作小説では知性を持つ海に安易に放射能を照射した結果、ステーションの乗組員の深層心理を曝け出され、地球人はパニックに陥る。
監督も原作者も人類の思いあがりに着目した点は同じなのに、その感性の相違から二人が激しく衝突した逸話はあまりにも有名。
同様のケースはスタンリー・キューブリックの『シャイニング』(1980)でも発生しているが、原作者が一方的に悪口を言い続けた同作とは異なり、レムはタルコフスキーのいるモスクワに乗り込み、堂々議論を闘わせたが、結局はケンカ別れに終わっている。
翻訳者の沼野先生によると、レムは「大馬鹿野郎」と罵声を浴びせて帰国したらしいが、知性の精髄ともいえる彼にそんな下品なセリフを吐かせたタルコフスキーはやっぱりスゴい?!
レムはその後も「タルコフスキーが映画にしたのは自分の小説ではなく、(ドストエフスキーの)『罪と罰』だ」とも発言したそうだが、それって悪口なのだろうか。
高熱でふらつくクリスを突然フレームインしたハリーが脇から支える場面は単純なのに、不思議と胸を打たれる。
それだけに彼女がみずから望んで消滅を択んでる時に、うなされるクリスが彼女ではなく若い頃の母親の夢を見ていることに釈然としない気持ちを引きずったまま、観賞後もやり切れない余韻が募る。
ヒロインのハリーを熱演したたナターリヤ・ボンダルチュクはソ連時代の名優にして大監督のセルゲイ・ボンダルチュクの長女。
当時22歳の彼女の瑞々しい魅力がなければ作品の評価も少し変わっていたのでは。
原作を何回読んでても映画の魅力は別。死ぬまでにもう一度、劇場の大スクリーンで観たい作品。
『午前十時の映画祭』でやらないものでしょうか。
レビューの印象に「美しい」の項目がないのが残念。
NHK-BSにて観賞。
こういう映画こそ4Kで放送して欲しい。
