劇場公開日 1995年3月4日

「国籍・国境という権力装置」パリ空港の人々 よしたださんの映画レビュー(感想・評価)

3.0国籍・国境という権力装置

2015年9月16日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

泣ける

笑える

幸せ

劇場公開時に観ていた作品。
ジャン・ロシュフォールの、観客の先入観に縛られることのない演技がいい。空港で夜を明かさなければならなくなったとき、ロビーで小さな男の子と出会う。この時の、はじめは警戒感を表面に出しているが、次第に彼が好奇心や安心感に基づいて行動していることが伝わる表情の変化。幻のエチオピア部族の言語を「発見」したときの真剣な眼差し。胸に残る彼のいくつもの顔。彼の映画を観るときの嬉しさは、まるで大好きな親戚のおじさんに会えたときの喜びである。
空港に到着すると、その国に入国するには当局の定めた手続きを踏まなければならない。飛行機に乗って物理的に飛んでくることはできても、その国への入国が認められないケースはある。この映画は、入国審査で足止めを食らったそういう人々が、空港内に住み着いているという現代のおとぎ話。国籍や国境というものが、所詮人間の頭の中にだけ存在するものであることを伝えている。
ところで、エチオピアの消えた古言語を話す謎の男は、我々が知っている(学術・科学を通じて社会総体として知っているという意味で)知識が限定的なものであり、それは制度してのアカデミズムの知見でしかないことを暗示する存在なのだ。
人に与えられる国籍、人が越えることを管理する国境、アカデミズム。これらは、それを司るシステムによりコントロールされている。そして、そのシステムこそが権力なのである。
しかし、その権力は人間の観念の世界にしか存在しえない。生の世界には、それらを軽くすり抜けていく人々が生きている。映画は、空港から出るに出られない人々の珍妙な生活を通して、制度や権力の枠外にいる人々のたくましさと切なさを描いている。

佐分 利信