劇場公開日 1987年4月25日

「タルコフスキーの遺書」サクリファイス(1986) あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5タルコフスキーの遺書

2018年9月27日
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鑑賞方法:DVD/BD

高尚かつ難解、言い換えれば退屈
それに付き合うのはかなりの辛抱が必要だ
独特の空気感の映像、水の音は過去の作品と変わらない
しかし、終盤で炎と煙を彼の作品ではじめて見せる
長い長いカット、光を受けてきらめく湖面
その美しさを火事の光景がかさなる
そして主人公は散々逃げ回った後に救急車に閉じ込められてつれさられていくのだ
つまり彼自身の映像の否定だ

主人公はもちろんタルコフスキー自身のことだが、ものが言えない子供も実はタルコフスキー自身または彼の映画作品のことを表現している
旧ソ連で表現の自由を奪われ亡命せざるを得なかったことを暗喩してる

その祖国と西側とで核戦争の危機が本作製作当時は確実に近づいていた
西側に逃げたにもかかわらず、旧ソ連の体制は核戦争の恐怖の形でタルコフスキーを追いかけ追い詰めたのだ

逃げた国は様々だが結局本作のロケ地のように何もない空虚な土地にしか過ぎない

共産主義体制下に育ち、信仰には胡散臭ささと迷信めいた何かしらの怖れを抱くのみだったが、核戦争の恐怖と自身の寿命が尽きる死の恐怖の前に信仰にすがるしかないとの吐露だ

母親の家の庭の話は彼の映画作りについての反省の独白だ
だから、自然との調和を目指す日本の在り方に近づく為に、尺八の音楽をかけ、息子と日本の木を植えるのだ
そして息子に毎日水をやれと説き、ラストシーンで息子がそうしようとするのをもって、タルコフスキーの息子がそうしてくれることを祈り本作を息子に捧げると告げるのだ

サクリファイスとは生け贄のこと
核戦争阻止のための神への生け贄に家を燃やす
それだけの意味では全くない
自らの映画人生の全てを否定し生け贄となすという意味だ
それは自らの半生への反省と息子への贈る言葉なのだ
つまり本作はタルコフスキの遺書に他ならない

あき240