劇場公開日 1990年3月9日

「よくできた風刺映画」狩人の夜 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0よくできた風刺映画

2022年11月1日
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スパイク・リーの『ドゥ・ザ・ライト・シング』に出てきた左手にHATE、右手にLOVEの刺青が入った黒人がいたが、あれの元ネタが本作らしい。兎にも角にもキャラクタービジュアルという点においてロバート・ミッチャム演じるパウエルほどビビッドで記名性のある登場人物にはなかなかお目にかかれない。HATEて…LOVEて…最初に思いついた奴天才すぎるだろ…紳士的な慇懃さの中に生来の暴力性がふと出来する情緒不安定な感じも印象的だった。

物語はフィルム・ノワール的なサスペンスに始まったかと思えば、徐々にファンタジックで教訓的な御伽噺へと軟化していく。

しかしパウエルだけはそのグラデーションに一切従属することがない。野山を駆ける可愛らしい動物たちや嘘くさいほどに美しい星空や孤児をかくまう優しい老婆との交流などが生み出す心地よい調和の中にも絶えずその怪しい影をちらつかせ、終いには剥き出しの暴力でもって兄妹から強引に遺産を奪い取ろうとする。御伽噺のようにうららかな空間に唐突な暴力が閃く露悪的な構成は、言うなればハリウッドのヤン・シュヴァンクマイエルといった具合だ。

その後、パウエルは意外にもあっさりと警察に捕まる。しかしパウエルが作中にばら撒いた悪意はそこで途絶することがなく、今度は彼の死刑を望む街の人々へと決定的に伝播してしまう。しかし映画はそうした負の連鎖に意図的に背を向け「家族みんなでクリスマスパーティー」というカリカチュアライズされた平和と団欒の中でほとんど強引に幕を閉じる。

本作を当時のハリウッドが認めなかったのもよくわかる。本作は黄金期のハリウッドが豊かな物語によって隠匿してきた死や悪意や不条理といったものごとを、不可解で軽薄な物語を敷設することによって故意に滲出させているからだ。老婆が明らかにカメラ(=我々)の方を見つめながら「子供の忍耐力はすごいんです」などと頓珍漢な作品総括を述べるラストシーンなんかはものすごく策略的だ。

もう一つ印象的だったのは、父との誓いに従って遺産を守り続けてきた兄が、警察に押さえつけられ喘ぎ苦しむパウエルを見て「もういいよ!お金なら全部あげるから!」と泣き出すシーンだ。「父との誓いの死守」という映画的カタルシスを手放してまで眼前の暴力を否定しようとする彼の姿勢は、美しい物語のためであればどんな犠牲も厭わないハリウッドの精神性のまさに対極にあるものだといえる。

因果