劇場公開日 2020年2月22日

「アンナ・カリーナのコケティッシュな魅力に捧げるイーストマン・カラー映画(ミュージカル風)!」女は女である じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0アンナ・カリーナのコケティッシュな魅力に捧げるイーストマン・カラー映画(ミュージカル風)!

2022年11月14日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

まさに、アンナ・カリーナの魅力に捧げる映画。これに尽きる。

才気煥発のアイディアと、しゃれっ気のあるセンス。
それだけで、映画が成立している。
難解といえば難解だけれど、「ファッション難解」として流して観ても、気兼ねなく楽しめる映画。
わくわくするようなポップさ、キャッチーさは、中期以降のゴダールからは喪われた要素だ。
ヌーヴェルバーグの寵児だったころの、彼ならではの「勢い」が映画から発せられている。

ノリとしては、フランス風の恋愛コメディという意味では、同時期に活躍していたフランソワ・トリュフォーのアントワーヌ・ドワネルものに近いといえば、近い。
ただ、女一人と男二人の恋のさや当てという点では、本作の翌年(62)に公開された、同じトリュフォーの『突然炎のごとく』に、より近接しているといえる。
ゴダールは本作のバーのシーンで、敢えてジャンヌ・モローをカメオ出演させ、トリュフォーと撮影中の『突然炎のごとく』についてジャン=ポール・ベルモンドに質問させるというお遊びを挿入しているくらいで、この映画の存在については、かなり意識していたのだと思われる。
ちなみに、この女1対男2の構図は、その後ロベール・アンリコの『冒険者たち』(67)へと引き継がれ、そこから『明日に向って撃て!』でアメリカン・ニューシネマにまで飛び火することになる……。

色調の美しさとミュージカル仕立ての面白さ(ただし実際に歌って踊るシーンは断片的にある程度)は、もっぱら、のちに『シェルブールの雨傘』を手掛ける舞台美術家ベルナール・エヴァンの功績と、ハリウッドの名作ミュージカルからの大量の引用・オマージュに多くを負っている。

出だしから、アンナ・カリーナを象徴する「赤」の鮮烈な美感と、
それを比較的間近で追いかけ続ける、手持ちカメラの躍動感、
断続的に途切れるミシェル・ルグランの流麗な音楽が、独特のリズムを形作る。

「昔のミュージカル映画のような色調とテンポ」を、リミックスし、
「昔風の古臭い映画音楽」を断片化の手法で前衛的にとがらせる。
ここでなされているのは、「古いワインを新しい革袋に注ぐ」実験だ。

始まって20分近くが過ぎて、アンナ・カリーナとジャン=クロード・ブリアリの住む部屋で、アンナが「子供が欲しい」と言い出してから、ようやく話は動き出す。
(最後まで観ても、なんでアンナが急に子供が欲しいと言い出したのかは、僕にはよくわからなかったのだが、もしかするとどこかで軽く寝落ちして、何かを見逃してるのかもしれないw)
子供は結婚してからで充分、もしくは出来てしまったのなら結婚してもいい、というスタンスの彼氏(ふつうだと思う)。するとアンナは、「じゃあ最初に出逢った男に今すぐ作ってもらうわ」とやり返す。売り言葉に買い言葉の彼氏は、じゃあ、前からずっとアンナに粉をかけていたビル前の駐車係のジャン・ポール・ベルモンドとやればいいと逆噴射。
かくして、親友ふたりと、小悪魔彼女の、奇妙な恋の駆け引きが繰り返されることになる……。

このあたりになってくると、さらに演出は才気を増してくる。
三次元の室内空間をいったんパノラマ撮影のように平面的にぐるっと展開したうえで、それを左右に追う形でぐるりと「パン」する、独特のカメラワーク。
随所に挿入される文字演出。オウム返しに相手の言動をコピーする物まね描写の頻出。カメラに向かって主人公たちが設定を語りかけてくるメタ描写。
部屋に入ってきたジャン・ポールはいきなり「手短にね、テレビで『勝手にしやがれ』があるから」とか言ってくるし(笑)。
部屋をぐるぐる自転車で走るブリオリとか、『ハムレット』(?尼寺に行けとか言ってた)と『人形の家』(?私は人形じゃないとか言ってた)を朗誦しながらぐるぐる回るアンナとか、室内をサーキット状に用いて動きと広がりを演出する手腕はさすがだ。
さらには鏡を使って、逆側の奥行きも映し込んでくる(観ているテレビに後ろ向きに手鏡をもつ『眠れるビーナス』の活人画が映るシーンも象徴的。あれはベラスケスの発展形だな)。

視覚的・聴覚的な部分で洒落た実験が積み重ねられるなかで、登場人物たちの問答を通じて深められていくのが、「女とは? 男とは?」という永遠のテーマだ。

「男はなんで中座するとき、『すぐ戻る』っていうの?」
「卑怯だからよ」

「男はみんなやりこめたがる」
「女はみんな被害者ぶる」

その扱いは、硬直化したフェミニズム的視点とは異なる、もっと体感的で、情緒的なものだ。
インティメットではあるが、社会批評性も喪っていない、勘のするどい「男と女」論。
テンポにのった会話のなかで、心地のいい駆け引きが展開する。
口をきかないとふてくされた二人が、書棚にある本のタイトルだけで「筆談?」するやりとりは、これ以上ないくらいに洒落てて素晴らしい(たぶん、ずっとやってみたかったアイディアだったんだろうねw)。

なんで終盤ああなって話が終わるのか、いまひとつ得心がいかない気もするが、それが男女の機微というものなのだろう。ラストは、きれいにタイトルに関するオチがついて、すこぶる幸せな気持ちで「FIN」のネオン文字を見ることができた。

とにかく、百面相のアンナ・カリーナを眺めているだけで、わくわくしてくる。
ゴダールの小難しさが苦手という人にも、ぜひ気楽に観てほしい、実に楽しい映画だ。

じゃい