歩く、人

劇場公開日:2002年9月7日

解説

「KOROSHI」の小林政広監督が、孤独で愛に不器用な父子の物語を叙情性豊かに描く。2001年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品された。

2001年製作/日本
配給:オフィスサンマルサン、モンキータウンプロダクション
劇場公開日:2002年9月7日

あらすじ

北海道の小さな寒村。造り酒屋を営む66歳の本間信雄(緒形拳)は、2年前に恋女房をガンで亡くしている。次男は家業を継いで信雄と共に暮らし、長男は12年前に家を飛び出して、もうすぐ30歳になろうとするのに芽の出ない音楽活動を続けている。孤独な信雄の日々の唯一の楽しみは、毎日片道8キロ、鮭の孵化場に通ってほのかに恋心を寄せる職員の美和子と会い、鮭の稚魚の成長を見守ることだった。2日後に迫った亡き妻の3回忌。久しぶりに家族3人が集うこの日、信雄はもう一度、息子たちと歩み寄りたいと願っていた……。

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スタッフ・キャスト

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受賞歴

第54回 カンヌ国際映画祭(2001年)

出品

ある視点部門
出品作品 小林政広
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映画レビュー

4.0 緒形拳さん

2026年4月13日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

周りが雪だらけの北海道が舞台
一言、寒いって
その寒い中、若い女性に会いたくて散歩する
恋は盲目って言いますけど……
真似出来ませんね

印象に残ったのは、若い頃の香川照之さん
30代の香川さん、あれ?誰だっけって思いました

最後、若い女性と緒形拳さんが結婚したら、もっと面白かったなぁ

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bobu

4.5 良き邦画

2026年2月22日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

歩く、人

2001年の作品
当時はまだ映画というモノづくりの中に、小津の影響を受けつつも、そこから完全に自分の家族観へ移行した是枝の確立期作品のようでもある。

そしてこれも物語ではあるものの、その行方を視聴者に託している。
特に最後のシーンで、父が路上で倒れてしまうが、それは彼特有のしぐさ、つまり真似事をしたようにも思えるし、実際に絶命したとも受け取れる。

個人的には、前者のように感じる。
もし後者である場合、父は役割を終えたことになる。
以下、それについて考えてみる。

彼の役割のひとつは、妻の3回忌まで操を守ることだった。
その直前、好きになった養魚場の彼女にプロポーズし、受け入れられた。
しかし、いざという場面で、男は抵抗した。
その理由を、男は妻に対することだと言った。
この出来事は、人間の本心がどこにあるのかを考えさせられる。

男は間違いなく彼女に会いに行っていた。
そもそもは鮭の稚魚を見たかったのだろうが、そこで出会った彼女が目的に変わった。
意外にも簡単にその目的が達成してしまうことに対し、男は身構えてしまった。
そんな大それたことを、口では簡単そうに言っておきながら、いざとなってみれば怖気づいたのだろうか?

父の役割のもうひとつは、息子たちの将来の道筋を整えることだろう。
しかし父が毎日しているのは、散歩だけ。次男のヤスオに世話をさせ、長男の良一とは12年絶交している。
物語の随所に「母さん」という言葉が出てくることから、背景にあるのは家族だろう。
しかし、テーマについては、何か一つの言葉にできるような簡単なものではないように感じた。

父、良一、ヤスオ この3人に共通しているのが、お互いに見せる「顔」を決めてしまっていることだ。
「私はこういう人物だ」という固定観点を全面的に無理やり表現している。
単純に言うと頑固だが、ややこしいのは誰にでも同じことを言うのではなく、家族に対するときだけ、固定された観点を無理やり押し通すことだ。

ヤスオの彼女はその群像のひとつだ。
序盤、彼女はヤスオに別れ話を持ち出す。
しかし彼女は、その後しばらくヤスオを追いかけている。
彼女は、ヤスオが父の世話ばかりしていることで、彼女自身が結婚したらその代役になることを想定し、嫌気が差したのだろう。
別れ話を持ち掛けることで、ヤスオに選択を迫ったものの、同時に彼女自身を選んでくれるものだと信じていた。
だから、本当は引き留めて欲しかった。
ヤスオが破れかぶれになるところを目撃したことで、彼の本心を知った。
同時に、消去法によって、逆に彼女がヤスオを選択したのだろう。

良一と父は合わせ鏡のような関係。
良一は、ノブコの前でいう言葉と、ヤスオや父の前でいう言葉は真逆だ。
父は、都合が悪くなったり、立場が危うくなる場合、すっとぼける。

家族だけで始まった3回忌
「順番にご焼香してください」と坊さんに言われたが、あまりにも早く終わってしまうので、父はわざとらしく長々と一人芝居のようにご焼香を始めた。
その姿に、ノブコは笑いをこらえきれなくなるが、これはNGシーンをそのまま使ったように思った。

その後実家に戻ってお清めの宴で始まってしまう親子喧嘩。
ここで、父も、良一も、ヤスオも、みな腹に溜め込んでいた不平不満をぶちまけたことで、3人の関係がリセットされたのだろう。

良一の歌は誰にも認められないことを一番わかっているのは本人だろう。
「もうしばらく、音楽やってみろ」と父は言ったが、経済的には限界なのは明確だ。
ノブコは良一が音楽を止めると言った時、本音を漏らしたものの、妊娠という現実と古い炊事場を見て、新しい生活環境をイメージしたのは、覚悟を決めたのだろう。

実家で、兄弟夫婦が一緒に暮せば、仮に父の世話をするにしても人手がある。
それこそ、俯瞰的にこの家族の幸せに違いないし、最高の着地点であり、おそらく母が望んだことだろう。
確かにここで、父の役割は終了する。
そしてそれこそ、従来の邦画的な終わり方だろう。

だからこそ、道で倒れた父がそのまま死んだというのは、「人生の時期」を逃せば、なかなか次の機会は訪れないという普遍的な考えにいたることができる。
つまり、父にとって役割を果たす最後のチャンスだったということになる。
だから倒れるシーンがあって、兄弟のその後を描かなかったことで、邦画がアップデートした。
その観方は、おそらく正しい。

しかし個人的に、あの父のゆっくりと倒れるシーンと、プロポーズした彼女のOKを逆に断るという暴挙を考えると、このケンカ状態だった家族がうまくいくという奇跡続きのことに対し、父は自分が死にでもしなければ釣り合わないと考えたのではないだろうか?

息子たちにも増してこの男は特に、不破問題があることで自分像を保っていられたのではないだろうか?

養魚場の彼女も去り、良一家族が戻ってきて、ヤスオも結婚することになれば、こんな目出たいことはない反面、自分自身をどうやって取り繕っていいかわからなくなってしまう。

だから彼は道端で倒れてみた。
彼特有のすっとぼけだった。
この2つの観方があることが、この作品の新しさなのかもしれない。

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R41

2.0 男の哀愁

2026年2月21日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD
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odeonza

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