劇場公開日 1992年6月6日

「中途半端な反戦脚色はあるものの濃密な人間的魅力がいい」墨東綺譚 徒然草枕さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0中途半端な反戦脚色はあるものの濃密な人間的魅力がいい

2021年11月27日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

永井荷風に関しては金子光晴の酷評や、三島由紀夫の罵倒、江藤淳の詳細な分析的厭味を読んだことがあるが、それでも小生は原作「墨東綺譚」や「断腸亭日乗」の様々な断片が好きだ。というより、きちんと読んだのがそれくらいだから、嫌いにならずにいられるのかもしれない。

さて、映画作品はどうか。これは原作とはまったく別ものの観を呈している。原作にある寂寥たる心象風景はどこかに消し飛び、やたら元気にカフェや私娼街を歩き回って快楽に耽りながら、国家権力を批判したり、女給に脅されたりする、愉快で金持ちで有名人の中年男と、彼を取り巻く女たちとの関係が描かれている。
そして気づかされるのは、本作品は「墨東奇譚」の映画化ではなく、反骨文士・荷風の後半生を軸に、「墨東奇譚」のフィクションを織り交ぜたものだということである。その意味では、小説の世界を期待する向きには不評だろう。

しかし、閨中秘技絶妙な八神康子、結婚の約束までする娼婦墨田ユキ、夜の世話まで含めた意味での家政婦瀬尾智美、抱かせたうえで法外な賠償を強請り取ろうとする女給宮崎美子、街娼窟の経営者音羽信子…役者たちは生き生きとした、色気のある演技で私娼街の男と女、女経営者の世界を描いていて、そこには何か濃密な人間的魅力が漂っている。津川雅彦や音羽信子、墨田ユキの好演が光る。

ところで、音羽の息子に赤紙が来たので、墨田が筆下ろしをしてあげるとかの話は「墨東奇譚」にあるわけがない。これは監督新藤兼人とATG流の、常套的な「反戦的脚色」であり、ほとんど無意味である。よせばいいのにと思うが、永井も小説中に反権力的コメントがしょっちゅう入るような作家だったらしいから、文句もいえないか。
このような中途半端な反戦的脚色はやめて、反骨と好色以外の荷風の人間性をもっと多面的に取り上げれば、さぞ素晴らしい映画になったろうにと惜しまれる。

徒然草枕