劇場公開日 2025年8月1日

「景気が悪い戦争映画」野火(1959) 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 景気が悪い戦争映画

2025年8月2日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

終戦80年企画として上映された「野火」。敗戦から14年後の1959年公開ということで、原作者である大岡昇平は勿論、制作陣も俳優陣も戦争を直に経験している人が大半だったためか、極めて精度の高い戦争映画に仕上がっていました。戦争映画と言っても負け戦を描いているので、当然のことながら景気は物凄く悪いです。

舞台は敗色濃厚となった15年戦争末期のフィリピン・レイテ島。主人公の田村(船越英二)は、自分が属する部隊の過半がやられてしまい、自身も”肺病”のため病院に行くも、「動けるものは受け付けない」と言われ原隊に戻ることを余儀なくされる。さらにアメリカ軍の攻撃を受け、ジャングルを彷徨う田村は、仲間の日本兵が敵の攻撃だけでなく、飢餓と病気でバタバタと倒れる姿を目撃する。そして生きるか死ぬかの瀬戸際にある日本兵たちは、統率もなく疑心暗鬼に陥り、人間の最も醜い部分を晒している。特に衝撃だったのは、死んだ同僚の肉を食べることを仄めかすシーン。そんな極限状態に置かれた兵士たちの悲しき物語は、戦争の暗部に余すところなく光を当てており、観ているものを戦慄させるに十分すぎるものでした。

注目したのは出演者たちの体形。主演の船越英二はじめ、総じて顔も身体もガリガリに痩せていて、戦時中の日本兵が如何に飢えていたかがありのままに表現されていました。太平洋戦争中の日本兵の戦死者は230万人程度と言われていますが、戦闘による死亡は1~2割程度に過ぎず、最も多かったのは餓死や栄養失調の6割、病死が1~2割だというのですから、本作の描いた状況こそが、あの戦争の実態だったといって良いのでしょう。

また、追い詰められた人間の心理が兵士たちの虚ろな目や表情、言動を通じてヒシヒシと伝わって来て、もし自分があの戦場に立つことになっていたら、同様のことをしたに違いないと思うと、何ともやり切れない思いになりました。

映像的には全編白黒でしたが、これがまた迫力を倍加させており、この点も感心したところでした。

最近の戦争物は、マーケティング的な判断なのか恋愛要素を多分に含んでいるものが多く、やや食傷気味なところがありましたが、やはり戦争体験者が本気で作った作品は歯ごたえがまるで異なり、目が覚める思いがしました。
しかし昨今はアメリカの要求もあって防衛費が急増していますが、一方で食料自給率は4割を切ったままで、エネルギー自給率に至っては1割そこそこ。あの戦争に負けたのは、食料とエネルギーという人間にとって最も大事な物資が極度に欠乏していたことに起因するのは本作を観ても明らかです。そういう意味で、防衛費ばかり増やして食料自給やエネルギー自給が後回しにされる現状は(減反政策などは狂気の沙汰でしょう)、戦争に対する反省が極めて不足していると言わざるを得ないと思います。

そんな訳で、本作の評価は★4.2とします。

鶏