劇場公開日 1951年3月21日

「日本初カラー映画の中にある木下惠介監督の演出の先鋭さと、主演高峰秀子の完成の域にある演技の素晴らしさ」カルメン故郷に帰る Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0日本初カラー映画の中にある木下惠介監督の演出の先鋭さと、主演高峰秀子の完成の域にある演技の素晴らしさ

2021年7月19日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル、TV地上波

日本初の総天然色映画として日本映画史に記録される木下惠介の牧歌的喜劇映画。それもテクニカラーでもイーストマン・カラーでもなく、松竹と富士フィルムが協力して開発したフジカラーフィルムという純国産で制作したところに、戦後日本の文化復興の意気込みを感じる。荒廃した焼け野原から5年足らずでその偉業を成し遂げたことになるが、冷静に評価すれば赤と黄色は鮮明ながら緑色より赤茶色が強く、初秋の山々の美しさに僅かな不満が残る。しかし、内容は素晴らしい。出来の悪い家出娘が何年か振りに故郷に帰る数日のエピソードに込められた、当時の日本人の文化芸術に対する認識を風刺した台詞の可笑しさ、父正一と娘おきんの愛情のすれ違い、盲目の作曲家小川先生の夫婦愛、今では死語となる”故郷に錦を飾る”をストリッパーのリリー・カルメンで斬新に展開させた脚本が秀逸である。故郷のみんなに笑われても、東京で逞しく生きるリリーことおきんの”芸術”を披露することで、結局主人公は初恋の小川先生に最高のプレゼントをするのだ。それも彼女が全く意図しない形で、回り回って借金で奪われたオルガンが小川先生のもとに返る。木下惠介監督のこの脚本は、登場人物の役割を生かし動かし、尚自然な物語の流れに溶け込ませて、序破急の構成力の抜きんでた技量があり、傑出している。

この映画のクライマックスにして序破急の”破”にあたるのが、父が娘の公演をやらせて下さいと校長先生に涙ながらに訴えるシーンだ。小学校の運動会で小川先生のオルガン演奏を台無しにして村人たちから嘲笑されたリリーが、名誉挽回を画策し興行主の丸十社長と組んで特別公演を急遽企てる。翌日には”ハダカ美女の乱舞”や”裸芸術”と銘打った宣伝カーが村を巡回する。校長先生がこれを止めさせようとするのは当然の成り行き。帰郷を促したものの、駅で出迎えた時から、都会的よりただ派手な格好なので、これは純粋な舞踏家とは違うと疑念を抱いていた。しかし、父正一は牛に蹴飛ばされて頭がおかしくなった末娘が不憫で可哀そうで何より愛しい。出来の悪い子ほど可愛いという親心が涙を誘う。この時の(わしも一緒に笑われますだ)の台詞に、父親の無償の愛が凝縮されている。ここまでの演出もまた素晴らしい。裸踊りの事前練習をするリリーと友人マヤのところへ向かうシーンで、何とシューベルトの「未完成」がBGMとして流れる。浅間山麓の風景とは風情を異にするドイツロマン派音楽の名曲が、父正一の心理表現になり、そこにバケツでリズムを取るリリーとマヤの掛け声が重なる。二人の踊りを見せない演出と、音楽のミスマッチで表現した父正一の交差した心理表現のこの斬新さと先鋭さ。木下惠介監督の時に挑戦的で実験的な演出の一例と思われる。

興味深かったのは、このクライマックスで使われたフランツ・シューベルトの音楽が他にも多用されていた点だ。「軍隊行進曲」「野ばら」「アヴェマリア」などは自然に生かされているし、”芸術”公演の司会で説明される名前の呼び方が、シューバートなのには初めて知って驚いた。英語読みは当時のGHQ統治の影響なのだろうか。時代を反映した記録の点で、北軽井沢駅の表記も”きたかるるざは”の旧仮名遣いのままなのが当時を物語る。蒸気機関車ではない、コンパクトな小型電気機関車なのも興味をそそる。主題歌「カルメン故郷に帰る」の作曲家黛敏郎のモダンさと木下忠司作曲「そばの花咲く」の抒情的日本唱歌の対比も面白い。

頭の足りない芸術家リリー・カルメンを演じた名女優高峰秀子の突き抜けた個性表現がやはり作品一番の見所であろう。子役時代の作品は「東京の合唱」しか鑑賞していないが、5歳から運命的出会いをした映画に携わって既に22年のキャリアを重ね、この難役を自己表現の域に持って行っているのは、映画と共に成長した彼女の証しに他ならない。この後、同じ木下作品の「女の園」「二十四の瞳」や成瀬作品の「稲妻」「浮雲」と日本映画の黄金期を代表する名女優になるスタートラインの代表作。運動会のシーンで小川先生の演奏の厳粛さに打たれながらも居心地の悪さに顔をしかめるところが印象的。ふんぞり返ったマヤと対比する彼女の善人性が描写された演出と演技。初恋相手の小川先生を演じた佐野周二も味がある存在感で素晴らしい。全盲役の為演技の振幅は少なくとも、出兵前の故郷の景色を目に焼き付けた傷痍兵の哀愁を滲ませている。また二人の年の差で、おきんの少女期の早熟振りが想像できる。笠智衆演じるコミカルな校長先生も安定の面白さ。出番が少ない当時25歳の佐田啓二も要所要所でコミカルな好青年を演じている。マヤに言い寄られる校庭シーンや二人の踊りに見入りながらも生徒の手前後にする丘のシーン。姉ゆき役望月美恵子(優子)も好演で、父正一の坂本武と息の合った親子を演じている。ラストの手拭いを手に涙の別れをするシーンの情感がいい。

日本初のカラー劇映画の視点だけではなく、木下惠介監督の考えられた脚本・練られた演出と、主演高峰秀子の鮮烈な役作りを楽しむ秀作として高く評価したい。

Gustav
マサシさんのコメント
2024年1月8日

共感コメントありがとうございます。不勉強でしたが、続編があったので、見てみました。
『カルメン純情す』いや~良かったです。初めて見ました。木下恵介監督を頭からけなさなくて良かったかなぁと思ってます。
今後ともよろしくお願いします。『映画は素晴らしい』と思える作品に出会いたいと思ってます。あまり、出会えないので。だから、自身の偏見で
韓国とフランス映画は意識的に避けています。
そして、今は、日本の監督を見比べてグスタフさんの様に文章を残そうかなぁって思ってます。

マサシ
マサシさんのコメント
2024年1月8日

あの監督の元ネタを見つけたと思いました。何回か見ていましたが、僕にとっては余り心に残っていませんでしたが、『リリー』と知り、なるほどと思い、カルメンはフーテンの◯何だ!と感じました。駄作だとは思いませんが、ある種の国策映画に見えてしょうがないです。だから、折角、ストリップをスタジオで撮ったのだから、せめて、音楽を古典で飾って貰いたかったし、めしいた作曲家の作った曲もつまらない曲だと感じました。
率直な意見ですが、木下恵介監督をこの映画で評価するつもりはありません。すみませんでした。

マサシ