劇場公開日 1969年8月27日

「日本映画史上に残る名作」男はつらいよ モーパッサンさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0日本映画史上に残る名作

2020年6月27日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

改めて見た。年を重ね、少しは目も肥えて見ると、全49作の中で最も完成度が高い名作であることに気づく。最近の日本映画にもいい作品はたくさんあるが、必ずと言ってよいほど、どこかにスキがある。それは、一瞬のリアリティ失速だったり、脚本のほころびだったり、演技の凡庸さだったり、演出の瑕疵だったり、平凡なカメラだったり、いろいろだ。しかし、「男はつらいよ」第1作は完璧だ。
 演技では、倍賞千恵子が光る。さくらの恋愛がテーマになっていることもあるが、第2作以降とは存在感が違う。もう一人の主役と言っても過言でない。当時の倍賞は二十代半ば、竜造・つね夫婦に対しては娘らしく、寅次郎に対しては妹らしく、まだ子供っぽさが残るさくらの可愛さ、いじらしさをよく演じている。クライマックスでは、大切に育ててきた博との恋をめぐって、不安、怒り、強い意志が、とても二十代半ばの女優の演技とは思えない。
 主役級だけでなく、脇役の細かい演技にまで、隙がない。たとえば、マドンナ冬子の来訪を受けたとらやで、竜造がたばこをくわえ、マッチを擦って火が軸にしっかり燃え移るのを待ちながら冬子と話すうちに、思いがけず寅が帰ってくる。あっけに取られる一同に寅が二、三つっこんだあと、竜造に向かって「ほら、燃えてるよ」と指摘し、竜造が「あっちっち」と慌てて笑いになるシーンがある。マッチを擦る前から続く長いワンカット。マッチの燃える時間を伸ばしたり縮めたりできないから、芝居の呼吸が秒単位で合わないと「あっちっち」の笑いにならない。こんな一見何げないシーンまで、緻密に計算されている。
 高羽哲夫のカメラがまたすばらしい。高羽哲夫は第2作以降も撮影していて、どれもすばらしいが、第1作は特にすばらしい。特筆すべきは、クライマックス、京成柴又駅のシーン、さくらに振られたと誤解した博が柴又駅で電車に乗ろうとするところに、さくらが追いつき、とっさに一緒に電車に乗り込んだ直後のカットだ。カメラは、上下ホームをつなぐ踏切から、二人が乗った最後尾車両正面を下からアップで撮っている。これは、下から見上げることを除けば比較的一般的な日の丸構図に近い。ところが、電車が発車すると、上り電車だからカメラから遠ざかるわけだが、遠ざかるにつれ、電車は画面右下の消失点に向かって小さくなっていくのだ。停車中は大きく平凡に写っていた電車が、発車とともに、夜の闇の中、画面右下の消失点に向かって小さくなっていくようすを、切れ目なくワンカットで撮っている。最終的には、1/3か1/4構図になる。クライマックスにふさわしい美しさだ。
 娯楽作品ながら、日本映画史上に残る名作と言ってよいと思う。

モーパッサン