劇場公開日 1998年9月26日

「愛を乞うているのは誰なのでしょうか?」愛を乞うひと あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0愛を乞うているのは誰なのでしょうか?

2022年12月13日
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鑑賞方法:VOD

誰が愛を乞うのでしょうか?

子供の頃、母から虐待を受けた主人公の山岡照恵のことなのでしょうか?

もちろんそうなのだと思います
だから三浦半島のどこかの港町の美容院にいる母を訪ねていったのです

でも、実は母の豊子こそが愛を乞うていたのです
冒頭のシーンを思い返して下さい
彼女から去る陳文雄と照恵に罵詈雑言を雨の中投げつけています
それだけでは足らず石まで投げてきました
何をいっているのかよく分かりません
でも終盤の回想シーンでは少し聞き取れます
いかないで、私を捨てないで
そのようにわめいているように聞こえました

豊子は人の愛を知らずにそれまで生きて来た女性です
体を男に与える代わりに金や住処を得る関係しか彼女には理解できないのです
そのように育ってきたのです
それだけが真実であると何の疑いもないのです

その彼女に初めてそうではない人間としての本当の愛の形を教えくれたのが文雄だったのです

彼との暮らしは彼女に取って初めて人間として愛される幸せがどれほど幸せなものかを知る時間だったのです

しかし文雄との愛の証の子供ができてみると、子供は彼女に取っては文雄の愛を奪い合う自分とのライバルであると彼女には見えてしまうのです

それが豊子の照恵への虐待の理由ではないかと劇中で登場人物達が推測します
確かにそのとおりでしょう

でもそれだけでない理由があるようにもおもえます

人の愛し方がわからない
人は自分がされたようにしか子供を育てられないものと聞くことかあります
彼女に取っては暴力をふるい虐待し続けることが、子供への関心を強く持っているという愛情の表現だったのかも知れません
虐待が激しければ激しいほど照恵を愛してるということに豊子にはなっていたのかも知れないと思いました

文雄との愛の証の子供を愛したい
でもその愛情表現が虐待だったのです
そのように思えました

もちろん子供の時に虐待を受けて育った人がみんなそうである訳はありません
虐待を幼少の時に受けていても照恵のように愛情を人一倍かけて自分の子供を育てた人も沢山います

虐待を受けている子供は、親を悪く言わないそうです
むしろ自分が悪い子供だから怒られたり叩かれたりすることは当たり前なんだと思い、虐待をする親をかばうそうです

虐待を受けてもなお、子供は親を頼り愛しているのです
自分が良い子になれば可愛いがってもらえるはずと信じて暴力をふるわれても絶対服従を続けるのです
自分が生きていけるのは親がいるからだと頼っているのです

照恵は一時的に施設に入れられたことで、子供は大事に愛情を注いで育てられるものだということを知りました
少しぐらい粗相をしても子供は怒鳴られなれない、叩かれることはないことを知ったのです
だから彼女は逃げ出すことができたのです

もしそれを知らずに育っていたら?
それが当たり前だと育ってしまい、そのまま大人になってしまう
そうして今度は自分の子供へ自分がされたように虐待をしてしまうのかも知れません
虐待の拡大再生産が続いたかも知れません

照恵もあれだけ虐待されても、豊子を実は探し求めていたのです

豊子は前髪を切ろうとして照恵の額の傷で自分の娘であることに気がついています
気づいていない振りをしていただけです

豊子の胸中はどうだったのでしようか?

あの時何故逃げたとなじる?
大人になった照恵をまた金蔓にしようとする?
今も彼女の愛情の示し方はそれしかできなかったかも知れません

それとも彼女に謝りたい?
ああいうことしか出来なかった昔の自分を反省している?

もういまさらどうにもならない
自分にはああいう風にしか育てられなかった
でも、この娘は自分とは全然違うまともな大人の女性に育った
そうして子供も産んでその子も自分とは全く違うまともな娘に育てた
自分にはそんなこと出来なかった
それでも照恵は会いに来てくれた
ああいうことしかできなかった自分を親だとまだ思ってくれていたんだ
それだけで十分
あなたとはたまたま来た見慣れないお客さんと美容師でしかないことにしていた方がいい
自分がまたすべてぶち壊してしまう
これだけで十分しあわせ
それでいい

そのように思えました

そしてまた照恵もその心の動きを感じとったのだと思いました

すっかり晴れ晴れたした表情に変わっています

ラストシーンの台湾のサトウキビ畑の青空かいまの照恵の心の色そのものだったのです

父が天から喜んで笑顔の日差しを降り注いでくれています

原田美枝子は豊子と照恵の一人二役
見事に演じ分けててみせます

豊子の強烈な演技は衝撃を受けます
さすがは原田美枝子だ!と圧倒されることでしょう

しかし原田美枝子の実力を思えばこれくらいやってみせるだろうと思うのでそれにはでさほどの驚きはありません

しかし照恵の演技はどうでしょう!
こんな演技ができるのか!と
もの凄いものを観たと目を見張りました
和久井映見かと見紛うような清楚な姿を自然に演じるのです
え?と混乱したほどです

その照恵の上品でおとなし目の衣装と髪型
左側に垂らした長めの前髪の意味がその美容院のシーンで明らかになります

少女の時に竹の長い物差しで折檻されて負った額の傷あとを隠す為のものだったのです

そしてその美容院を訪れた日のシーンは雨なのです
なぜ雨の日なのでしょうか?

離れたところから美容院を見ていると傘をさした豊子が帰ってきます
店先でそのかさを軽く一二度降って雨滴を払います

それは長い物差しを振い折檻する光景を照恵にも観客の私たちにもフラッシュバックさせるものです

雨天は、その事件を思い出させるさせる傘を登場させ、それを振る演技の為の設定だったのです

そしてまた冒頭の母と引き離された幼い時の思い出も雨の日でした
これで母と離れることが出来るという意味合いでもあったのです

原作も豊子が美容師であるのかは知りません
しかし長い前髪を切ろうとして額の傷に一瞬手がとまり気がつくシーンには美容師の設定は絶対に必要だったのです
見事な演出でした

大変に重く観るのが辛い映画でした
でも素晴らしい映画でした
多くの人に観て頂きたい映画です

30年前の原作、25年前の映画です
しかし逆に今こそ観る重要性が高まっていると思います

クリスマス、お正月
子供達の楽しそうな笑顔を沢山観ました

サンタさんのプレゼント
お年玉
家族でするゲーム

子供は愛を乞うているのです
そして同時に、愛が満たされた幸せなそうな子供達の寝顔をみることの喜び
親もまた子供達に愛を乞うているのです
愛が満たされた幸せは何よりも勝ります

これから結婚しようという方
子供を持とうという方にこそ
観て頂きたいと思います

あき240
蔵本隆夫さんのコメント
2023年2月16日

素晴らしいコメントに感動

蔵本隆夫