硫黄島からの手紙 特集: 硫黄島についての素朴な疑問と答え(2)

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硫黄島からの手紙

劇場公開日 2006年12月9日
2006年12月15日更新

硫黄島についての素朴な疑問と答え(2)

Q:旗を立てた兵士たちは、なぜ政府に利用されたの?

アイラ・ヘイズ(アダム・ビーチ) アイラ・ヘイズ(アダム・ビーチ)

欧州、太平洋での水陸両方の戦闘のために莫大な戦争資金を必要としたアメリカ政府は、そのすべてのを自国の戦争臨時国債によってまかなっていたが、45年初頭、5年間にも及ぶ戦争のため、さすがに財政が圧迫していた。ワラにもすがりたい思いの政府は、その頃ちょうど始まった硫黄島の戦いの中で、たまたまその場に居合わせた6人の兵士たちによる摺鉢山頂での国旗掲揚のイメージを利用しようと思いつき、兵士たちを帰国させるようにトルーマン大統領自身が命令し、第7回の戦争資金調達ツアーが計画された。「父親たちの星条旗」で描かれるこのツアーは、第2次世界大戦では最後の戦争国債ツアーとなる第7回目のもの(通称「マイティ・セブン」)で、45年の5月9日から7月4日まで約2カ月間に渡って行われ、約26億3000万ドルもの大金を集めた。

Q:硫黄島に旗を立てた兵士たちは、どんな人?

“作られた偶像”として利用された兵士たち “作られた偶像”として利用された兵士たち

以下が、旗を立てた6名の兵士のプロフィール。カッコ内は映画「父親たちの星条旗」で演じた役者名。

■マイク・ストランク(バリー・ペッパー)

1919年チェコスロバキア(当時)生まれ。若い兵士たちのまとめ役として、軍曹として人望を集めた。硫黄島に上陸した時は25歳。星条旗を掲げた“6人の英雄”のひとり。少年時代は勉強熱心で、フレンチホルンや野球に没頭していた。“6人の英雄”で最年長だったマイクはいつも彼らを陰で支えていた。生き残った戦友がマイクについて語るときは必ず「海兵隊員の中の海兵隊員」と口をそろえるほどのリーダーシップと深い愛情をもっていた。45年3月1日、砂塵の中で兵士たちに作戦図を描いて説明しようとしているところ砲弾にあたりこの世を去った。

■ハーロン・ブロック(ベンジャミン・ウォーカー)

1924年テキサス生まれ。ハーロン・ブロックは、世間に向けて背をむけている人物。写真の中で、彼は旗竿の根元で苦闘しており、その顔は見えない。ハーロンは高校時代、友人も多く社交的な青年だった。生まれつきの運動能力を活かしフットボールチームで活躍し、無敗でシーズンを過ごすのほどの活躍をした。1943年、チームメイト12人と共に海兵隊に入隊。マイクの右腕として軍曹を支え、マイクの戦死後、曹長として隊を率いた。しかしその直後、爆撃を受け死亡。21歳だった。

■フランクリン・スースリー(ジョセフ・クロス)

1925年ケンタッキー州生まれ。赤毛でそばかすだらけの顔をしたフランクリンはタバコ農場で育った。ハンティングとダンス、そしておもしろいことが好きな陽気な少年だった。9歳のときに父親を失い、唯一の男手として母親を支えてきたフランクリンは17歳の時に下士官兵となり、18歳の誕生日に太平洋へ旅立った。フランクリンは戦死した“6人の英雄”3人のうち最後に死亡した。1945年3月21日、米軍がほぼ硫黄島を占領した後、背中を撃たれて戦死。19歳だった。

■ジョン・“ドク”・ブラッドリー(ライアン・フィリップ)

擂鉢山に旗を掲げた6人の米兵たちは… 擂鉢山に旗を掲げた6人の米兵たちは…

1923年ウィスコンシン州生まれ。ジョン・ブラッドリー、通称“ドク”は、海軍の衛生下士官として、21歳で硫黄島戦に参加。摺鉢山の山頂に星条旗を掲げる海兵隊員たちに手を貸したところを写真に収められ、硫黄島の“6人の英雄”のひとりとなった。戦場では身を呈して負傷兵の手当てに当たり、帰国後は、国旗掲揚の“英雄”として全米を巡る戦費調達ツアーに駆り出され、自らに課せられた役割を寡黙に果たし続けた。戦費調達ツアーの後、故郷に帰ったジョンは、以前務めていた葬儀屋を前経営者から引き継ぎ家族を養った。47年間妻を連れそい、8人の子供にも恵まれた。

■レイニー・ギャグノン(ジェシー・ブラッドフォード)

ジョン・“ドク”・ブラッドリー(ライアン・フィリップ) ジョン・“ドク”・ブラッドリー
(ライアン・フィリップ)

1925年ニューハンプシャー州生まれ。19歳で硫黄島戦に参加した若き海兵隊員。戦闘能力に自信が持てず、戦地では伝令係を命じられていた。その日、摺鉢山の頂上まで星条旗を運ぶ役目を仰せつかったことから、彼も“6人の英雄”に加わることに。3人の生還者のひとりとして帰国したレイニーは、ドクやアイラと違い、“英雄”に対する賛辞や喝采をごく素直に受け入れ、突然手にした名声を利用しようと試みたが、結局は故郷ニューハンプシャー州マンチェスターの紡績工場の労働者として人生を終えた。

■アイラ・ヘイズ(アダム・ビーチ)

レイニー・ギャグノン(ジェシー・ブラッドフォード) レイニー・ギャグノン
(ジェシー・ブラッドフォード)

1923年アリゾナ州生まれ。ピマ・インディアン出身。海兵隊に入隊するまで、居留地をほとんど出たことがなかった。寡黙なしっかり者で、太平洋上で3回の戦闘に赴き、共に戦った仲間たちからは尊敬の眼差しで“チーフ”と呼ばれていた。国旗掲揚後、“6人の英雄”の生存者として帰国させられ、第7次戦争国債調達ツアーに参加。良心の呵責に苦しむアイラにとってツアーはとてもつらい体験で、次第にアルコールの力に頼るようになっていったアイラは泥酔と失態を繰り返し、32歳のとき、アルコール漬けになった死体が発見された。

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