「最後に出てくる負傷した米兵はライアン・フィリップではありません。」硫黄島からの手紙 kossykossyさんの映画レビュー(感想・評価)

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硫黄島からの手紙

劇場公開日 2006年12月9日
全44件中、1件目を表示
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最後に出てくる負傷した米兵はライアン・フィリップではありません。

 『父親たちの星条旗』を復習せず、『硫黄島の砂』(1949)やTVドラマ『硫黄島~戦場の郵便配達』によって理解力を高めました。どれもこれも秀作ばかりなので、このクリント・イーストウッド作品をどう表現していいものかわからなくなるほどなのですが、アメリカ人が硫黄島での戦闘を日本人の視点で描いたこと以外に、現代的な視点を取り入れた人間本来の姿をリアルに表現していたことに驚かされました。

 まずは圧倒的な兵力で攻めてきたアメリカ軍の軍勢に驚いた日本兵西郷(二宮和也)と同じく、戦艦が押し寄せてくるシーンに腰を抜かしてしまいそうになりました。自分だったら糞と一緒に山をころげ落ちるかもしれないな~と思いつつ、その後の艦砲射撃の迫力に体が硬直し、浮遊感さえ味わってしまいました。そして、擂鉢山の頂に星条旗を掲げられた裏の場面で、日本軍が体の一部を蝕まれたかのような感覚に包まれたのです。戦争に負けたことのないアメリカが描く敗戦国日本であるはずなのに、全く違った印象を持ってしまう。これも「勝ち負けを描いたものではない」という境地に達した監督だからこそ為しえたことなのでしょう。

 戦争の醜さ、不条理といったことも日米双方の視点で平等に描かれていることにも気づきます。日本側に「衛生兵を狙え」とか「死んだフリ」とかの卑怯な手口の描写もあれば、投降した兵士を撃ち殺す米兵も描いている。また、軍法会議にもかけないで部下を殺そうとする上官もいれば、玉砕が美徳とされていた当時の精神論に対抗するかのように「命を大切にせよ」と嗜める司令官もいる。そして、「天皇陛下万歳」と士気をあげる一方で、玉砕よりも命が大切、愛国心などよりも家族が大切なのだと栗林や西郷を通して訴えてくるのです。玉砕が美徳じゃないといったことも、手榴弾による自決の映像がグロかったことでわかります。

 戦争の英雄なんていないんだという前作と同様に、栗林中将(渡辺謙)も英雄のようには描かれてなかったし、バロン西(伊原剛)にしても「アメリカ人だって家族を愛する普通の人間なんだ」と訴えているようで、英雄ではありませんでした。また、元憲兵だった清水(加瀬亮)の存在も日本の戦争映画では異色かもしれません。まるで今の北朝鮮のように自由のなかった当時の日本の風潮が一人の新米憲兵の目を通して描かれているのです。

 どちらかというと、人の死によって号泣させる映画ではないのかもしれません。日本軍がとった作戦や戦闘の経過、日本兵たちの様々な思い、手紙を通じて知りえた事実を冷静に受け止め、追悼の念を込めた映画なのです。ずっと流れていた音楽がレクイエムのように聞えてきました・・・

kossykossy
さん / 2019年1月16日 / PCから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:映画館
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