アポカリプト : 映画評論・批評
2007年6月12日更新
2007年6月9日より有楽町スバル座ほか全国東宝系にてロードショー
「手に汗握る」という常套句を体感できる痛烈なアクション映画
時代は16世紀初頭。舞台はユカタン半島。使われる言語はマヤ語。背景として描かれるのは帝国の自壊。スター俳優は皆無。
こんなふうに紹介すると、歴史ドキュメンタリーのような映画を連想する人がいるかもしれない。外れ。「アポカリプト」の主人公は豪快に戦う。風のように走り、豹のように跳び、無尽蔵の体力と気力で生き延びる。
ジャガー・パウ(ルディ・ヤングブラッド)は若い戦士だ。といっても、通常は深い森の村で静かに暮らしている。生活の大半は狩りと子づくりに割かれているようだ。
その村がマヤ帝国の軍隊に蹂躙される。殺戮と強姦の嵐が襲う。生き残った者は奴隷や生贄として都へ連れ去られる。帝国の暴虐は容赦ない。人命は鴻毛よりも軽い。
大まかに分ければ、ここまでが第1部と第2部だ。凄惨な戦闘は展開されるが、残酷描写は意外に少ない。心理描写はもちろん最小限だ。一方で、アクションの速度と密度が際立つ。古典的なカットバックを多用しつつ、監督のメル・ギブソンは、荒々しい自然と男たちの強靭な肉体を直交させる。
導火線はしだいに太くなる。いや、爆薬が破裂して、さらに大きな爆薬の炸裂を促すと見たほうがよいか。第3部に用意された森の障害物競走は、非常に見ごたえがある。なによりも、実際にクロスカントリーの選手だったヤングブラッドの身体能力が飛び抜けて高い。第二に、森の自然がアクションによく練り込まれている。地形も獣も植物も、活劇のスパイスとしてフル活用される。しかも、デュオで迫る悪役の危なさが尋常ではない。たぶんこれは、ギブソンのパラノイア的特質がプラスの面に出た結果だろう。「手に汗握る」という常套句をここまでリアルに体感できる映画は、近ごろでは珍しい。
(芝山幹郎)