「1なるものへの回帰」戦慄の絆 pipiさんの映画レビュー(感想・評価)

5.01なるものへの回帰

2021年2月28日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

知的

難しい

かつてプラトンは「人は元来、両性具有の球体であり、それが引き裂かれて男女となった。だから人は誰しも魂の半身を探している」と問いた。

魂の実際はわからないが「元来、1つであったものが引き裂かれたならば、本来の姿への回帰を求めるであろう」という理屈はわかる気がする。
そんな話を、独特の感性で美しくもドロドログチャグチャに描いてくれるのがクローネンバーグだ。

今頃、この映画のレビューを書くのには理由がある。25年前に観たいと思いつつも劇場に足を運ぶのが憚られて断念した作品がある。「クラッシュ」だ。

クローネンバーグ監督は大好きである。しかし、実は観ていない作品もある。観たいけど観られない。観た作品も大好きだけどリピートはしたくないものが多い。(だってザワッ!とするんだもの)
だが、その感性と主題はたまらなく好きだ。
おそらくクロ師匠は、無意味に観客の恐怖を煽ったり気持ち悪がらせたりしたいわけではなく、己の描きたい主題を明確に堅持している。その為、作中人物達に対するどこか一線引いて突き放したような冷徹で客観的視線が、観客をあくまで「観客」の椅子に固定し、彼ら(作中人物達)の狂気に取り込まれる事のないように守ってくれるのだ。

「戦慄の絆」配信時は、まだ10代の小娘であった。こんな映画が観たいとは誰にも言えず、1人こっそり池袋の文芸坐2に足を運んだ。
だけどね。「クラッシュ」はハードル高すぎるでしょ?20代の乙女にとっては日活ロマンポルノの劇場に入るようなものですよ?泣く泣く鑑賞を断念しましたよ。
しかし、今、4k無修正版が来ている。これはどうしても劇場で観たい!という覚悟を決める為、戦慄の絆をおさらいする事にしたわけなのである。

一卵性双生児のエリオットとビヴァリー(ジェレミー・アイアンズ一人二役)は、正反対の性格であり、すべてを共有しながら相互に補完し合って生きてきた。
ところが1人の女性の出現により、兄弟の均衡はバランスを崩す。それによって2人は互いに精神的な一心同体であった事を深く自覚する。弟が陥った狂気を兄は受容し、共に1つに帰す悲劇的な結末を選択する。
しかし、他者のまなざしには悲劇と映ろうとも、彼らにとっては外部から引き裂かれる悪夢をおしまいにして「あるべき姿」に還るハッピーエンドなのだ。

そんなサイコスリラーも、クロ師匠の手にかかると、官能的で美しい芸術作品へと昇華する。何故か?
それは、クロ師匠が描きたいものの正体が、限りなくフロイトの感性に近いからだと思う。

エロス(生)とタナトス(死)の表裏一体性を、クロ師匠は「有機物と無機物の融合」で表現したいのではあるまいか?クロ師匠の感性においては「死」とは有機物(肉体)の崩壊による無機物への回帰なのだと思う。
ハワード・ショアの美しい音楽と深い赤の色彩をバックに描き出される奇妙にグロテスクな手術器具の数々。
バイオとメタリックの融合といえばギーガーもそうだが、メカやメタル感主体のギーガーに対し、クロ師匠はバイオ感満載だ。臓器への偏愛すら感じる。
そんなクロ師匠において、バイオへの深化よりも精神世界への深化を重視したターニングポイントとして、本作には貴重な価値があると思う。

その流れを受けて、クラッシュは誕生したのであろう。表層的な絵面に惑わされぬよう、フロイト論の小舟(いかだ?)をしっかり強化して劇場に足を運びたい。(上映館、50km先に1件きりだけど、、、。配信終了までに本当に行けるだろうか(笑))

(覚書:初回鑑賞記録、年は1989、場所は文芸坐2だが、選択不可の為、1番近い選択肢にしておく)

pipi
NOBUさんのコメント
2023年8月24日

今晩は。
 今作のpIpiさんのレビューは流石ですね。
 個人的には何ともいえない退廃感溢れる「クラッシュ」が好きです。”私は変態でしょうか?ハイ、変態です。”クローネンバーグ監督作品は学生時代に友人と観た「ザ・フライ」が強烈過ぎて敬遠していたのですが、どの作品もとても面白く少しづつ鑑賞しています。
 御身体の具合が思わしくない場合には、頑張らなくても良いと思いますよ。
 私も現場確認会で、頑張っている職制には2年前から”頑張れ!”と言う言葉は禁じていて、”どうも有難う。頑張り過ぎてはいけないよ、キツイ場合にはキチンと課長に相談してね、有難う。”と言うようにしています。一方では如何にキツイ職制の仕事を楽にするpjを立ち上げました。
 どうもpipiさんからコメントを頂くと長くなってしまってスイマセン。返信は不要ですよ。では。

NOBU
NOBUさんのコメント
2023年8月23日

お久しぶりです。
 御身体の具合は大丈夫なのでしょうか・・。
 先日から、何故か「クラッシュ」(凄く、面白かったです。)を含めて観ていなかったクローネンバーグ監督の作品を観ています。
 凄い監督ですね。私の勝手な概念を悉く覆されています。
 ”初回鑑賞記録、年は1989”ビックリ!予想通り大先輩ではないですか!返信は不要です。(というか、このサイトから離れてますよね。)では。

NOBU
pipiさんのコメント
2021年5月6日

うわぁ♪このレビューへのコメ、ありがとうございます〜!
クラッシュを公開時に見に行けなかった話、クラッシュのレビューにいいねを下さった方々もこちらまではご覧にならないようで、クラッシュの方に書けば良かったかなぁ?と、少し思っていたので、大変嬉しいです。

本当にね(笑)うら若き乙女に、あんな前評判の作品を見に行け、なんて無理難題過ぎますよ。
私も当時観ていたら、理解は浅かっただろうなぁと思います。
無修正だったんですか!行かなくて正解だったかなw

pipi