劇場公開日 1950年4月30日

「黒澤明会心の一作」醜聞 スキャンダル hjktkujさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0黒澤明会心の一作

2022年2月3日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

GHQ占領下の戦後5年間、日本人の精神性大改造計画の下、忠臣蔵以外の映画製作がやっと認められ、まだ世の中は貧しかったものの、娯楽に飢えていた庶民は、当然、映画館に殺到した。映画産業界にあっては、作れば売れる、まさに古き良き時代であった。敗戦国故の不十分な機材しかない中で玉石混交の作品が発表される中、35歳新進気鋭の黒澤明は、敗戦後の晴れ晴れとした空気の中で、わが青春に悔なし(1946年)、素晴らしき日曜日(1947年)、醉いどれ天使(1948年)、静かなる決闘(1949年)、野良犬(1949年)と、作りたい作品を品質を下げることなく次々と発表していく。そして39歳で放ったのがこの醜聞(1950年)である。おそらく映画作りが楽しくて楽しくてたまらなかったせいであろう、映画は溌溂としており、物語は飽きることなくコメディタッチで最後までテンポよく進む。三船敏郎も若くてきれいだし、山口淑子も沢口靖子に似ていて大変美しい。小沢栄太郎は根性悪の役をいつも通り見事に演じているし、千石規子がびっくりするくらい若くて後年脇に回った婆さんの役しか見ていなかったから実に新鮮だ。もちろん主役は志村喬で、最後にお約束通り娘が死んで制約から解き放たれ正気を取り戻して正義が勝ったところで話は終わるのだが、作品全体のトーンが少し書生っぽいところが気になるものの、黒澤明が最も好む素朴な人間賛歌映画となっている。このテーマは、わが青春に悔なし(1946年)、素晴らしき日曜日(1947年)、醉いどれ天使(1948年)、羅生門(1950年)、生きる(1952年)、どん底(1957年)、赤ひげ(1965年)、どですかでん(1970年)と繰り返し描かれるが、黒澤明の永遠のテーマなのであろう。志村喬の、「あぶない、あぶない」というセリフが、11年後に作られる用心棒(1961年)の三船敏郎のセリフで使われていたり、12年後に作られる椿三十郎(1962年)の加山雄三のセリフで使われていたり、「不幸な人間にとっては幸福な人間が不幸になるのを見るのは楽しい」というセリフが13年後に作られる天国と地獄(1963年)で山崎努が三船敏郎に拘置所で吐くセリフに使われていたりで、これらは黒澤明の本音なのかもしれない。公開当時のこの作品を見た観客は、素朴に、三船敏郎に、山口淑子に、志村喬に、千石規子に、桂木洋子に、場末の飲み屋で蛍の光を歌った人々に、それぞれ自己を投影し未来に希望を持ったであろうことは想像に難くない。それほどうまくこの作品は作られている。後にコストや製作計画から解放された故に七人の侍(1954年)は別格としても必ずしも面白い作品は少なくなっていく黒澤明だが、この頃はまだ黒澤明の主張と興行をうまく両立させており、この作品は黒澤明会心の一作であることは間違いない。当時の美しい日本語が聞けるのも今となっては価値がある。

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hjktkuj