劇場公開日 1955年11月1日

「夢物語に影を落とす皮肉の苦味」七年目の浮気 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5夢物語に影を落とす皮肉の苦味

2022年5月4日
iPhoneアプリから投稿

うだつの上がらない中年男と、彼に思わせぶりな態度を取るマリリン・モンローの危険な火遊び。軽薄なようでいて掴みどころのない彼女のミステリアスさに中年男ともども引き摺り込まれてしまう。この適度に思い通りにならない感じまで含め、彼女はまさに「男の欲望の究極的具現」と呼ぶにふさわしい。

しかしこの中年男、浮気めいた妄想癖こそあるものの、基本的には生真面目だし度胸もない(度胸の有無を男との価値の審級にするのはあんまりよくないことだけれども)。男はモンローと火遊びに興じる現況を遠隔地の妻に当て嵌め、嫉妬に狂う。自分がそうしているように、妻もまた浮気しているんじゃないか、と。こうして男は妻への愛を影画的に再認する。そして部屋と心に巣食うファム・ファタールに別れを告げる。

面白いのは、男の中ではモンローへの浮気心は完全に消滅したにもかかわらず、二人の別れのシーンはどこからどう見ても仲睦まじい夫婦にしか見えないこと。男は汽車に乗るために勢いよく家を飛び出すのだが、靴を履くのを忘れている。するとモンローが家の窓を開けて「忘れ物よ!」と彼に靴を投げる。いや、それもう夫婦じゃん。喜劇の中にほんのりと皮肉の苦味があるこの感じはいかにもビリー・ワイルダー映画らしい。

「苦味」は他にもある。本作では凡庸な中年男が我々観客の擬似存在として設定されているわけだが、彼は最終的に妻への愛に目覚め、モンローのもとを去ってしまう。しかし私としては唐突に置いてけぼりを食らったような気分だ。ラストシーンのモンローのキスは、男にとっては決別の合図だったのだろうけど、私にとっては永遠の呪いにも等しかった。悠然と去っていく男と、魅惑の檻に閉じ込められた私。それまで上から覗き込んでいたはずの見世物に、かえって見下されているような苦々しさを覚えた。

因果