劇場公開日 2023年7月28日

「自己実現なんて言葉が浮いてしまうほどの人生」さらば、わが愛 覇王別姫 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5自己実現なんて言葉が浮いてしまうほどの人生

2018年7月26日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

悲しい

萌える

自分から選び取った生き方ではない。望む・望まざるも関係なく、そうならざるを得なかった人生。
 なのに、この愛、この仕事。それを失くしては、自分が自分であり得ないくらいにすべてを注ぎ込む生き方。
 こんな生き方ができた程蝶衣をうらやましくもあり、切なすぎて、むせび泣いてしまう。

様々な思惑が、時代とともに、蝶衣、段小楼、菊仙の生きざまに絡み、翻弄されていく様を中心に、変わっていく時代を描き出した大作。
 なんだろうけれど、正直、小楼の存在感がありきたりの演技なので、人間の業を演技で滲み出させた、蝶衣(レスリー・チャン氏)と菊仙(コン・リーさん)の二人の対比を際立たせるだけの狂言回しのように小楼が見えてしまう。

蝶衣は、小楼の弟弟子で、劇の上での女房役。けれど蝶衣にとっては、そう育てられた経緯も影響して、小楼は唯一無二の”愛しい人”。
 だが、小楼はその思いを知ってか知らずか、菊仙と結婚する。
 菊仙にとって、蝶衣の想いは邪魔でしかない。
 幼少期~少年期にかけては、地獄のような生活を強いられ、花形女形になった今でも、パトロンから呪縛されているとはいえ、芸を極める以外に自ら”幸せ”をつかみに行くでもなく受け身な蝶衣と違い、娼婦であった菊仙は”幸せを”つかみに行く。
 そんな二人が、時々の権力者や民衆に翻弄されて、その時々のありようが変わっていく。その様が、人間の業をにじませ、時にいやらしく、時にせつなく、時に悲劇で、時に幸せそう。そんな二人の姿が、時に合わせ鏡で、時につながり、時に不協和音を醸し出す。見事。

とにかく、レスリー氏が美しい。その思いを称えたまなざし。唇。所作。すべてに目を離せない。受け身で、なよなよしているようで、確固たる意志がある。大人(たいじん)としての風格がありながらも、ガラス細工のようなもろさも抱える。「男でなく、女」という舞台上の台詞を幼いころは「女でなく男」と何度も間違えるが、女のような身振りをしていても、男として生きたのだ、男として小楼を愛したのだと思わせてくれ、小楼と舞台を失っては生きていけぬほどの想いを体現してくれる。

小豆子を演じたマー・ミンウェイ君も見事。日本に出回っている映画ではその後を聞かないが、中国では映画か京劇で活躍していてほしい。

リーさんはたくましい。そのたくましさが美しい。”幸せ”を自らつかみに行くが、その”幸せ”は自分が良ければというものではない。愛した人の幸せをまず考えて動く。だからこそ、ラストがやるせない。

そして、小楼。幼いころの小石頭は周りを助けるリーダーシップを持っていたのに、大人になってなぜこんなになってしまったのか?単なるチャン・フォンイー氏の演じ方の問題なのだろうか?小石頭はとても魅力的で、蝶衣の幼いころ:小豆子が慕うのも理解できるけれど、小楼はちっとも魅力的でない。容貌ではない。大人(たいじん)としての風格がない。こんな男だからこそ、ラストのあの様につながるのかもしれないが。
 小楼は蝶衣の想いを知っていて、気が付かぬふりをしたのだろうか?だから結婚を急いだのだろうか?だが、フォンイー氏の演技からはそんな様子は感じ取れない。
 反対に小楼は、まったく気が付いていない天然バカなのだろうか?小石頭を演じた子の演技ならそんな風にも読み取れるが、フォンイー氏の演技では、そうも思えない。
 だから、蝶衣と菊仙が小楼をなぜ愛するのか理解できない。菊仙は娼館に戻りたくない意地?蝶衣は舞台での一対の地位をとられたくないがための意地?に見えてしまって、残念。

三人の歯車が微妙にずれたところにあの文化革命が重なっての展開となれば、これ以上ない人間ドラマになったと思うのだが、小楼の演技が弱いので、たんに、歴史に翻弄された三人のあり様を描いた映画のように見えてしまう。惜しい。(なので、0.5マイナス)

とはいえ、たんなる三人の愛憎悲劇としてだけでなく、
蝶衣の一代記としてだけでなく、
時代を描いた作品としても見ごたえある。

しかし、戦中、中国にひどいことをした日本ではなく、かっての蒙古・満州民族とかの異文化民ではなく、中国・自国の民が、自分たちのあれほどの文化遺産を意図的に壊すなんて、なんて国なんだろう。
 京劇役者養成制度はとてもひどい。バレエダンサーも人間業ではないようなポーズをとれるようになるための訓練をするけれど、今のバレエダンサーは、自ら志願した人ばかり。この映画のあの子どもたちは、好むと好まざる関係なく、それをしなければ生活できない。そんな奴隷のような制度はなくした方がいいに決まっている。
 とはいえ、他人が強要する共産主義の自己批判なんて、たんなるやっかみにしか見えない。一見華やかな地位にいつつも、蝶衣がその中でどんな思いで生きてきたのか、どんな努力をしたのかは無視される。それでいて、京劇が復活すれば、また持ち上げる。そんな民衆の身勝手さが怖い。

蝶衣と菊仙は、そんな時代に翻弄されたのか、こんな時代に巻き込まれたからこその人の気持ちの変容に翻弄されたのか、それでも、京劇・小楼への想いを自分なりに貫いたのか?それが幸せだったのか、不幸せだったのか。私の中の答えは、その時々で違ってくる。

とみいじょん
talismanさんのコメント
2020年11月27日

こんばんは!コメントありがとうございます!ブエノスアイレス、夏に映画館で見ました!二人が共同キッチンでタンゴ踊るところはなぜか涙💧でした。レスリー、いろんな顔がありますね。男たちの挽歌、欲望の翼、ゴースト・ストーリー…。蝶衣のレスリーが私は一番好きかも知れないです。

talisman
talismanさんのコメント
2020年11月26日

とみいじょんさん、ありがとう。私も、背筋伸ばして生きていきたいです。レスリー、居て欲しかった。香港・中国映画を見るようになってまだ3ケ月なんでまだ頭グチャグチャです。

talisman
talismanさんのコメント
2020年11月26日

コメントありがとうございます。コマコマとした細部レビューしか書けないので、とみいじょんさんのレビューで全体像が浮き上がります!

talisman
talismanさんのコメント
2020年11月24日

素敵なレビューで感動です。大人になってからの小楼役、レスリーの演技、菊仙のこと、全て説得力あって同意いたしました。

talisman