顔 かおのレビュー・感想・評価
全28件中、1~20件目を表示
韓国映画ならではの陰湿さ
2026年劇場鑑賞234本目。
エンドロール後映像無し。
ジャンル知らないで観たのでホラーかな、と思っていたのですが、盲目のハンコ師と息子がでてきて、お、ヒューマンものかなと思っていたらサスペンスへ突入。出てくる人みんな嫌な人ばかりで、唯一まともそうな主人公のハンコ屋の息子は喫煙者なんです。映画で喫煙はなんらかの闇を抱えているメタファーとして使われる事が多いので。
東野圭吾ならまた違った泣ける展開になったのかもしれませんが、イヤーな感じで終わりました。
美しいものは崇められ、醜いものは蔑ろにされる
かなり見応えがありました。
「醜い」と呼ばれ続けたひとりの女性。
けれど、この映画を観ているうちに、
本当に醜いのは誰なのかという問いが
突きつけられてくる。
人は顔を見て、
その人の価値まで決めつけてしまう。
美しい、醜い。幸せそう、不幸そうなど。
そんな他人の評価が、
いつしか本人の人生まで
規定してしまう怖さ。
さらに恐ろしいのは、
その評価をする人たちが
自分の残酷さを自覚していないこと。
顔を見せないという大胆な演出によって、
観客自身の「見る」という行為まで
試されているように感じました。
誰かを醜いと決めつけた瞬間、
その人を見ているようで、
実は自分の偏見を見ているのかもしれない。
静かなミステリーの形を借りながら、
ルッキズムや差別、他者を値踏みする社会そのものを
鋭くえぐった作品でした。
プロデューサーが冒頭とラストに息子に言い放った
「お父様に似ている」というセリフに痺れました。
父親を引き継いでしまっている感じがリアル。
ルッキズムに障害者差別、女性蔑視
醜いことは罪。
周囲から美人だと騙されて醜女を嫁にした盲人。自分は見えないのだから気にしなければいいのに。性格の良い、優しい嫁さん。が、醜女だと知った盲人は自分が貶められたと怒り、妻を殺す。えー、怖いよ。だから韓国は整形大国なの?
最後に醜女の写真が明かされるが、恐ろしいほど醜い、みたいに散々、煽っていたがごく普通のブス。これなら見せない方がいい。
小説ならともかく、映像化に向かない作品。
酷いルッキズムと障害者差別に女性蔑視。トリプル差別が展開する。時代とはいえ、最後まで救いの無い、嫌な感じがただよう映画。
母親は顔が醜いというだけで、ここまで酷い目に遭ういわれはない。性格がまっすぐで、利他的なだけに哀れを感じた。まあ、人間の本質はこんなもんだと言いたいのですかね。
全く救いのない作品 母親が可哀想過ぎる
予告編を見て、配信ドラマでもお馴染みのヨン・サンホ監督(『新感染 ファイナル・エクスプレス』)作品ということで興味を持ち鑑賞。
40年前に失踪した白骨化した母の遺体が発見され、その謎を追いながら母の人生を紐解いていく韓国ミステリードラマ。
母親に何があったのか、過去と現在を行き来しながら少しずつ真相に迫っていく展開は悪くありません。全体的に重く不穏な雰囲気で、韓国映画らしい社会や家族の描き方も感じられます。
ただ、韓国映画らしく、ラストまでほとんど救いがなく、鑑賞後の爽快感はありません。
そして個人的には「この展開だけは避けてほしい」と思っていた方向に物語が進んでしまい、最後はかなり重い気持ちになりました。こういうところも韓国映画らしいと言えば韓国映画らしいのですが……。
ラストに多少の救いを感じさせるシーンもありますが、全体としてはかなり重め。
母親の人生に隠された謎を追うミステリーとしては悪くないものの、後味の良い作品を期待すると厳しいと思います。
個人的なおススメ度は低めです。
ゾっとするほど、最悪で最高のラストシーン
途轍もない作品でした。
よく映画のPRで、「ラスト5分で、全てがひっくり返る・・・!」といったコピーをよく目にしますが、この映画のラストシーンは、そういった他の映画のPRを、尽く陳腐なものにしてしまうほどのパワーを持ったものだったと思います。
映画は、とてもシンプルなストーリーです。
奇跡とも称される程、美しいハンコを作る職人である父をもつ息子のドンファンが、「失踪した」とされていたはずの母の白骨死体が見つかったところから物語は始まります。
そして、父のドキュメンタリー番組を製作していたプロデューサーを巻き込んで(巻き込まれて?)40年前の彼女の知己を訪ねながら、死の真相を探っていく・・・という物語です。
そのため、この映画は常にドンファンの視点で進んでいくことになります。
物語は進んでいき、母の死にまつわる衝撃的な事実がどんどんと明らかになっていき、ついに明らかになったその真相は、あまりにも救いのないものでした。
どのくらい救いのないものかというと、私はこの映画に出てくる登場人物の、9割が大嫌いになっていました。そのくらい、どいつもこいつも酷い奴しか出てこない、酷い作品です。
登場人物へのヘイトや謎が解けたカタルシスなどが終盤に進んでいくにつれて募っていき・・・そしていよいよ、この映画の問題のラストシーンが映し出されます。
それはもちろん、映画の中で誰もが口を揃えて散々と、とてつもなく醜いと言っていたヨンヒの顔写真です。
カメラの画角が写真を舐めるように、ゆっくりとよヨンヒの顔の方へ上がっていくその瞬間、聴衆の胸の中を占めているのはヨンヒの顔への興味と、ある意味で醜い期待感です。
そして、その顔が映し出された瞬間、聴衆は固まります。
ヨンヒの顔は、とてつもなく「普通」の顔だったのです。
もちろん美人、と呼べるほどの顔ではありませんが、「期待感」を募らせていた聴衆は、きっと拍子抜けをしたことでしょう。私も首を傾げました。
しかし、そんな釈然としない思いのままエンドロールを眺めつつ、登場人物の言動や、ヨンヒ殺しの犯人であるヨンギュが語った「動機」を思い出していくうちに……ラストシーンに込められた、この映画の恐ろしさを理解することとなります。
この映画は、単なる謎解きの映画ではありません。
この映画は、ヨンヒを殺すに至ったヨンギュが募らせた呪いを、物語仕立てではなく実際の経験として追体験させる装置だったのです。
「百聞は一見にしかず」という言葉があります。
伝聞をいくら積み重ねても、直接見た方が確かで価値があるという意味ですが、実際に私達はこの映画で、百回は聞いた「ヨンヒが醜い」という伝聞、というか風評を、写真を一見したことであっさりと棄却することができました。
目が見えないヨンギュには、それが出来ません。
この点で、我々聴衆とヨンギュは、映画を見終わった後だと絶対に分かり合うことはできません。
しかし、映画の途中、聴衆が「一見」するまでに至る状況は、確かにヨンギュと全く同じ立場でヨンヒの顔について思いを巡らせることができましたし、だからこそ私達は、彼を凶行に駆り立てた「呪い」の一端を理解することができてしまうのです。
改めて、ヨンギュの世界に「百聞は一見に如かず」というものはありません。
そして「百聞」に勝る「一見」を得られないうちに、ヨンギュの「百聞」は「千聞」に、「千聞」は「万聞」となっていきます。
それが「呪い」となっていくのです。
しかもヨンギュの呪いは、映画を見ていた我々聴衆のように、2時間かけてじりじりと募らされたわけではありません。
何年もかけて募らせていた、誰もが口を揃えて「美しい」という自分の妻の美貌への天井知らずの「期待」。それが、実はそれが皮肉だったという事実で一瞬のうちにひっくり返された上に重ねられたものです。
更に、その「醜さ」故に自分のキャリアが窮地に立たされているという状況は、単なる嫌悪感だけでなく、裏切られたという思いゆえの「憎悪」も混じっていると思います。
きっとヨンギュの中のヨンヒは、我々が想像だにつかない怪物の顔をしているのでしょう。
そしてもう一つ、目が見える私達ができてヨンギュができなかったことがあります。
それは、言葉だけの世界の中で、ものごとをグラデーション的に捉えて理解することです。
「一見」を経て私達がヨンヒに抱いた感想は、「確かに美人ではないけど・・・。」という、どっちともつかないものだと思います。
それはもちろん、この映画が私達の興味を盛り立てるだけ、盛り立てるような作りになっていることもありますが、そもそも私達は事実というものを極端に認識せず、例えば美醜という尺度だったら、「100点中何点くらいかな?」という形で事実を評価するものです。
※最低な言い方ではありますが、ほかの表現の仕方が思い浮かばず申し訳ないです。
目が見えないヨンギュには、それができません。
光の無い彼の世界は耳から入って来る情報で出来た、すなわち「言葉」の世界です。
自分で見て評価することのできないヨンギュにとって、点数などという概念はありません。
すなわち、「美しい」か「醜い」か、あるいは「嘲笑する言葉」をかけられるか「称賛する言葉」をかけられるかというだけの、他人が行った精密な評価から出力された、あまりにも大雑把な言葉を借りた、極端な価値づけしかできない世界なのです。
そんな極端な指標は、ヨンギュの中に募った呪いを確固たるものに変えてしまいます。
きっとヨンギュは「美人ではない」という意味での、誰かの濁した言葉でも、その価値尺度故に、100%の意味での「醜い」という言葉で捉えてしまったのでしょう。
思い返せば私達聴衆も、ドンファンと共に映画の中で、少し違う形ではありますが、その呪いが募っていく一端を体験していました。
例えばヨンヒが、母の親族やかつての工場の同僚に「母はどれくらい醜かったか」と聞くシーンでは、具体的な顔についての証言は全くと言っていい程得られず、「とにかく醜かった」という単調な答えだけで押し切られてしまうことが常でした。
それを聴衆は「言葉では言い表せない程、醜いのだろう」と勝手に理解していました。
ヨンギュも恐らく同じ状況では、同じように理解をしたことでしょう。
しかし、写真を見てからだとそのシーンの印象は180度変わります。
特筆する程、醜い、と呼べる特徴が顔になく、単に言葉に困っただけということが分かります。
また、よくよく話を聞いてみれば、「貴金属を盗んだ」「粗相をした」「不祥事をばらされた」などなど、そもそも容姿とは関係ない部分で負のイメージをヨンヒに持っていることがわかります。
そんな人間たちの話ぶりに、マイナス方向にバイアスがかかるのは、当然の事象でもあるわけです。
また、ヨンヒの性格の良さも、災いしてしまいました。
ヨンヒをなじったはずの工場の人間から、彼女についての印象として「優しかった」という言葉が出る一幕がありましたが、ヨンヒの不器用ながらも実直で優しくあろうという姿は、薄々伝わっていたのだと思います。それは、ヨンヒのもつ大きな美徳です。
だからこそ、ヨンヒを罵倒する際、内面を指摘する言葉は選ばれず、ひたすらに「醜い」という外面を指摘する言葉が選ばれ続けたのでしょう。
そう考えると、この映画の物語のやるせなさが強調されます。
さて、私達聴衆の抱いたヨンヒへの期待感は、ラストシーンで霧散しました。
先程、「拍子抜けをした」と述べましたが、恐らくこの感情の落差を自覚してはじめてヨンギュが募らせた呪いの一端に触れることができたのだと思います。
この映画におけるすべてが繋がり、全てがひっくり返る・・・。
個人的には、あらゆる映画の中でも、最も美しい最高のラストカットだったと思います。
そして、人を凶行へと駆り立てた思いの一端の原液を直接飲まされるという意味で、最悪のラストカットでもあります。
人に薦める時に、この部分に言及してしまうとあまりにもネタバレになってしまうので、中々説明することが難しいですが、とにかく多くの人に見てもらいたいそんな映画でした。
顔に関するアンケート
美醜
人は美しいものを崇め、醜いものを蔑む。
たどり着いて明かされた40年前の真実が、最後に見た母の顔(写真)と同じくらい、驚くほど驚けないもので逆に驚いた。驚いた方がよかったんだろうな。
グラフィックノベルとしては面白いのかもしれないが映画化には向いていなかったのかな。(だからされていなかったのか)
TVプロデューサーの若い女性スジンが、最後の方は「美醜」について真剣に考えていたのが良かった。
時間が余ったから、観てみた。
予想よりは、面白い映画だった。
1970年代の韓国の様子(労働環境のひどい繊維産業に、労働者(特に女性)蔑視もひどく障害のある方にも不親切な社会)がよく描かれてる。
特に美しいものは崇められ、醜いものは蔑まれる。ここは今でもあんまり変わんないか。
理不尽がまかり通り、正論を言うと黙れと言われる。
妻を殺してしまった盲目のイム・ヨンギュにも、かわいそうに、と思ってしまった。
あとどんな顔かと思っていたチョン·ヨンヒは、あれくらいで醜いと皆に言われるのか、と思った。
現在にも通じるものとして、TVプロデューサーの若い女性スジンが、最初のうちは番組を面白くするためだったが、最後の方は「美醜」について真剣に考えていたのが良かった。
タイトルなし(ネタバレ)
自分の目で見たものより、耳から聞いたものに翻弄された人生、って解釈であってるかな。
実際はそこまで醜くはない。おそらく母親似?の息子。
醜いという周りの評判や侮蔑に翻弄されて人生狂った父子。
指先で判子を彫るみたいに、妻の顔に触れてたらなぁ、なにか変わったかもしれないよな。
ミステリーの答えについては、
(おそらくそうだよな)
って答えをちゃんと辿るので驚きは少なめだけど、冷静に見ると隅々まで一人残らず醜くていやーな気持ちになるのはやっぱり韓国映画で頭抱えました。
すごかった。
一番たどり着いてほしくない結末にそのままたどり着いた
韓国の文化を直接感じることができる映画です
韓国は今も大きな格差がありますが、
自分の生活を守るためであれば、
人を傷つけても構わない文化が根付いていて、
格差が是正されない状況が今を続いています。
日本も同じですが、恥の文化でもあるので、
目立つ存在にならないように振る舞いのがよしとします。
盲目の妻がどれだけひどく醜いかをインタビューなどから
わかることになりますが、
それが相当な恥で罪のような扱いとして回りから批判されていました。
盲目の本人でさえ、それに対しての憎悪が沸き上がるというのが
韓国の文化として根強く行き渡ってるのが恐ろしいところです。
目の見えない自分には、それを評価することもできないのに、
回りの声で判断してしまい、それが取返しのつかない罪まで犯すことになる。
最後にわかった妻の写真は見て私を驚きました。
どれだけのひどい顔かと思ったら、そこまで醜い顔ではないからです。
この映画から韓国が整形大国なのが理解できました。
綺麗であるよりも、醜いことが恥で罪で罰であるので、
それを修正して迷惑をかけないようにしないといけないのでしょうね。
回りからの空気でそれを決心するのでしょうね…。
人間性は顔に表れる
■作品情報
ある殺人事件の真相と、それを取り巻く人々の欲望や狂気を描いたサスペンスミステリードラマ。監督・脚本:ヨン・サンホ。主なキャスト:パク・ジョンミン、クォン・ヘヒョ、シン・ヒョンビン、イム・ソンジェ、ハン・ジヒョン。制作国:韓国。
■ストーリー
生まれつき目の見えないハンデを乗り越え、韓国随一の著名な篆刻家となった父イム・ヨンギュ。息子のドンファンは、偉大な父を誇りに思い、その事業を献身的に支えて生きていた。ある日、警察から「40年前に消息不明となった母チョン・ヨンヒの白骨遺体が地中深くから発見された」という報せが届く。母は何者かに殺害された可能性が高いものの、時効が成立している状況だった。ドキュメンタリー番組のプロデューサー・スジンから提案を受けたドンファンは、これまで「自分を捨てて蒸発した」と聞かされていた母の死の真相を探るため、過去の関係者への取材・調査を開始する。しかし、関係者たちの口から語られるのは、母に対する「化け物のように醜い顔をしていた」という嘲笑と悪意に満ちた証言ばかり。過酷な労働環境にあった1970年代の韓国社会で、不当な扱いや権力者の不正に一人立ち向かおうとした母の過酷な生い立ちと、彼女を取り巻く人間たちの浅ましい偏見が浮き彫りになっていく中、ドンファンは父と母、そして自分自身の存在をも揺るがす衝撃的な真実へとたどり着くことになる。
■感想
事前のレビュー評価が芳しくなく、ハードルを下げて鑑賞したおかげか、思ったよりもおもしろく感じました。どんでん返し要素や人間の醜さの描写を取り入れ、良質なサスペンスミステリーとして楽しめました。
物語は、関係者への丁寧なインタビューを通して少しずつ事件の深層へと迫っていく構成をとっています。この静かに、そして着実に真相の核心へじわじわと肉薄していく展開のプロセスに見応えを感じます。ドキュメンタリー調の追跡劇として純粋におもしろく、最後までテンポを損なうことなく観ることができます。
その中で、渦中の人物であるヨンヒの具体的な「顔」を最後まで画面上に見せない演出は、好みの分かれるところです。誰もが彼女の容姿の醜さについて語りながらも、その実体が見えないことで、かえって観客の想像力が掻き立てられ、作品全体のミステリアスな雰囲気を高めています。しかし、引っ張りすぎることでじれったく感じ、オチのインパクトがかえって弱くなる気もします。先に観た「ナイトボーン 夜哭」と同じ演出ですが、どこまで効果的だったかは微妙に感じます。
タイトルにもなっている「顔」という言葉には、単なる容姿の美醜だけでなく、人間が内面に抱く「表の顔」と「裏の顔」という多面的な意味が込められているように感じられます。真の美しさや人の価値は目に見える容姿にあるのではなく、その人間の生き方や誠実さにあるのだという問いかけが、作品の底流にしっかりとあるのを感じます。
それは、最終盤のヨンギュとドンファンの親子に如実に表れています。かつて自分の人生から邪魔な存在となったヨンヒを容赦なく排除しながら、努力と名声を誇示して自身を正当化する父ヨンギュ。そんな父が残した汚点を冷酷に切り捨て、自らの人生や未来を守るために父と同じ道を辿ろうとする息子ドンファン。どれだけ繊細で美しい文字を彫り上げるすばらしい手腕を持っていようとも、そこに人間としての温かみが欠落していれば、真の美しさは宿らないのだと鋭く突きつけてくるようです。
特に秀逸なのが、そんなドンファンに向かって、女性プロデューサー・スジンが発する「以前にも増してお父さんにそっくりですね」という言葉です。冒頭の印象的なシーンと見事な対比をなしており、逃れられない血の呪縛を象徴する強烈な皮肉として胸に刺さります。観終わった後に思わず唸ってしまうような見事な伏線回収と構図の美しさがあり、人間の業の深さについて考えさせられます。
「整形大国」韓国のルッキズム映画
盲目の判子職人と息子の韓国映画。40年前に行方不明になっていた母親の白骨死体が発見され、葬式の時の写真探しと母親の死の謎に迫るミステリー。
問題の母親の過去に迫った時に、証言者が口を揃えて、写真がないのはブサイクだったからと言う。普通なら問題の母親に何があったという回想シーンで昔の母親の容姿をスクリーンに映して観客に感情移入させるところ、全く「顔」を映さない。
構成として近いのは最近の邦画だと「死ねばいいのに」。伊東蒼=本作の母親、の立ち位置だ。共通してるのは、他人の生死さえも傍観してしまう大衆の無慈悲さ、というメッセージだ。
この作品のユニークな点は人の美醜について、人間の社会性に与える影響について示しているところ。わかりやすく言うと、学生時代に好みじゃない異性に告白されて、周囲に冷やかされたことにより疎ましくなり、勇気を出して自分に好意を示してくれた対象を遠ざけたり、時には攻撃してしまうこと。自分に自信がないからこその行為だと思うが、これも自分の社会的地位、権威やプライドが傷つくことを恐れてのことだ。
最後に母親の顔が明かされた時、観客は本作における自分の分身に気づくことになる。それは、生存時の母親の「顔」を唯一見ることができなった人物だ。
整形大国、韓国。自己満足という理由だけでなく、他者の社会性を考えた整形で不幸がなくなるなら、ありなのかもしれない。
醜いのはだ〜れ
40年前に失踪した母親の白骨遺体がみつかり何があったか調べる印章彫刻師の話。
盲目でありながら著名な印章彫刻師の父親がTVの取材を受けている最中、同業の息子に警察から母親の遺体が発見されたとの連絡が入り巻き起こって行く。
親族はいないと聞かされていたのに、葬儀に姉や甥と名乗る人たちが現れて、酷い言われようの母親はどんな人で一体何が?
ということで、取材中だったPと一緒に関係者に取材をし、語られることを再現で見せていくつくり。
なかなかにキツイ話しであり、結構惹きつけられたけれど、インタビュー5になって改めての説明と言い訳でちょっと失速。
そして最後は引っ張りに引っ張って…普通じゃね?それなら最後まで見せんでも…とまたモヤモヤした。
【”行き過ぎたルッキズムと虚栄心の果て。”今作は韓国の名篆刻家の”失踪した醜女”の妻を巡る、現在と過去の忌まわしき物語である。ラストに明かされる彼の妻の顔を見て、貴方は何を思いますか・・。】
ー ヨン・サンホ監督は大ヒットした「新感染 ファイナルエクスプレス」で、一躍時の人になった方である。だが、その後は上記作品のパート2を公開したが、それ以外の作品はヒットしていない。韓国映画界は、厳しいのである。
で、今作であるが、私は恐ろしくも良く出来た作品であると思ったのである。
「新感染 ファイナルエクスプレス」でも、パンデミックを扱いながら、実は人々の愚かさを描いていたからである。その中で”人間の善なる心を持った”献身的な男を演じたマ・ドンソクが大スターへの階段を上り始めたのは、ご承知の通りである。ー
・今作では、老いた盲目の名篆刻家イム・ヨンギュ(クォン・ヘヒョ)が、メディアの取材を受けるシーンから始まる。息子の同じく篆刻家のドンファン(パク・ジョンミン)が、女プロデューサーと打ち合わせしながら、それを見守っている。
そこに、40年前に失踪した彼の妻ヨンヒの白骨死体が、見つかったという報が入るのである。
・メディアは急遽、ヨンヒが勤めていた会社の同僚にインタビューするのである。そこに出席した男女の口から出るヨンヒについての事は”優しかった。””不細工だった。””化け物のようだった。”便所紙という綽名だった。”と言う事なのである。
付き添うドンファンの顔が、ドンドン曇って行くのである。
・画面は40年前に、移行するのである。そこでは若き駆け出しの篆刻家イム・ヨンギュが、全く客が来ない露天で、ヨンヒが彼の篆刻を美しいと褒め、それに喜んだイム・ヨンギュが、彼女に只で篆刻を掘ってあげる姿が描かれるのである。
ヨンヒの顔は映されない。だが、彼女が心優しい、真面目過ぎる女性であった事が描かれて行くのである。
・そして、イム・ヨンギュは周囲の”美人だ。”という言葉を聞き、彼女にプロポーズして結婚するのである。
それと並行してヨンヒが勤めていた会社の社長に乱暴された同僚の女性の話を聞き、ヨンヒがそれを告発するビラを配り、社長に直訴する姿も描かれるのである。
だが、その奢っている馬鹿社長は、ヨンヒを手下に襲わさせるのである。
その後、イム・ヨンギュは周囲の人が悪意で自分を騙していた事を知り、ヨンヒを絞め殺してしまうのである。馬鹿社長の手下どもは、その一部始終を見ておりヨンヒを地中深く埋めるのである。
・その後、女プロデューサーは零落した社長の下を訪れ、当時の事を色々と聞き出すのである。そして、ヨンヒを殺したのが名篆刻家イム・ヨンギュだと知るのである。それを聞いたドンファンに対し、イム・ヨンギュは”もう時効だ。それに私は韓国の奇蹟だぞ。”と宣うのである。人が変わった様に。
その後、女プロデューサーは取材テープをドンファンに渡すのだが、ドンファンはそのテープを”編集しましたから。”と言って女プロデューサーに返すのである。
その時に、女プロデューサーがドンファンに言った言葉。”貴方の顔、お父さんソックリですね。”は強烈であった。そして、彼女は茶封筒に入った、愚かしき社長がヨンヒが入社した時に撮影した写真が入った封筒を渡すのである。
ドンファンは、恐る恐るその写真を取り出し、驚愕の顔をするのである。
ヨンヒの顔がどのような顔であったかは、書かない。劇場で確かめて頂きたいからである。
<今作は韓国の名篆刻家の”失踪した醜女”の妻を巡る、現在と過去の忌まわしき物語である。>
全28件中、1~20件目を表示















