平行と垂直 : 特集
この映画が大好きで大好きで、心から愛おしくてたまら
ない。特別なこと、派手な事件は起こらない。だから、
魂に浸透し消えない“あたたかな感情”を与えてくれる
良質な邦画を探すあなたへ、強く勧めたい“絶品映画”

そんな風にため息をついてしまうほど、愛おしくてたまらない映画に出合ってしまった。
8月28日公開の「平行と垂直」は、世界を救うミッションも、あっと驚く大事件も起こらない。
描かれるのは、とある街で暮らす兄と妹の日常と、そんな生活が“妹の結婚”を機に少しだけ変化していく、ただ、それだけの日々だ。

けれど、そのなんでもない時間の積み重ねに、
「最近、心から満足できる映画に出合えていない」――もしそう感じているなら、どうか「平行と垂直」を手にとってみてほしい。
私が観て得た深く静かな感動を、少しだけおすそわけさせてもらいたい。
【予告編】ずっと、ふたりで生きてきた
【最初に結論】
まさに、こういう“素晴らしい映画”を観たかった――人それぞれ違う“生きる速度”を肯定し、魂のすみずみまであたたかさが浸透する至福の物語

本作でどんな気持ちになれるのか。
安直に「泣ける」とはまた違う。

自閉スペクトラム症(ASD)の兄・大貴(安田章大)と、幼い頃から彼を支えてきた妹・希(のん)。早くに母を亡くし、ネグレクト気味の父とは距離を置いて、ふたりで懸命に生きてきた。
清掃の仕事に就き一人暮らしを始めた大貴には、週に一度、水曜19時に妹と食事をとる絶対のルーティンがある。
カウンセラーの希もまた、兄を支えることを当たり前として生きてきた。だが秩序だった日常は、希が恋人からプロポーズを受けたことを境に、静かに揺れ動き始める――。

変わらないと思っていた関係が少しずつ動き出すさまを、てらいもなく優しく見つめたヒューマンドラマは、人それぞれ違う「生きる速度」を、力強く優しく肯定してくれる。
平行と、垂直。食卓に流れる心地のよい沈黙。朝の光が差す洗面所。――うまく言葉にできないが(観ればありありと感じられるだろう)――本作のように、
ただただ、拍手を送りたい気持ちだった。
【たまらなく愛する理由①】
これほどのめり込んだのは、"本物の感情"が描かれているから。“説明”ではなく、シーンと間と空気感で描き切る。その余韻は消えず、心に根付く。2時間で得られる効能は一生、続くだろう

昨今のコンテンツの主流は、受け手を強く揺さぶる「刺激」だ。一方で、本作はその真逆にも思える。
わかりやすいカタルシスも劇的な事件もない。しかし、いや、だからこそ、
過剰な言葉や展開に頼らず、シーンの余白や沈黙の間だけで、人物の心の奥にある感情をこの上なく豊かに描き切る。“平行と垂直”を意識した画角も編集のテンポも、その伝達効果を最大化するよう、すみずみまで緻密に練り上げられている。

“強い刺激”ももちろん素晴らしい。でもそれは、すぐに消え去ってしまう。逆に、静かに深く伝わる「本物の感情」は、魂にゆっくり浸透し、決して消えず根付く。
「平行と垂直」は、
【②】誠実なセリフひとつひとつが、好きだ
「私の人生を邪魔せんといて」――思ってはいけない、でも思ってしまう本音もさらけ出す。ぶつかり合う。嘘やキレイゴトがない。だから信じられる

好きで好きでしょうがないポイントが溢れ出してくる。次はセリフだ。
たとえば妹の希が限界を迎え、兄に対し「お願いやから私の人生邪魔せんといて!」と辛辣な言葉をぶつけてしまうシーンがある。

「そんなこと思ってはいけない」と頭ではわかっていても、ネガティブな感情はどうしても湧き上がる。本作はそれを
家族だからこそ支えたい。でも、だからこそ鬱陶しい。剥き出しの感情をさらけ出し、不器用にぶつかり合い、それでもともに生きようとする姿を真摯に見つめる、物語の眼差しがたまらなく好きだ。確かな光と優しさを、まっすぐに信じられるから。
【③】安田章大の演技が、すさまじい
魂の輪郭までも形作る、緻密な身体と視線の動き。“生きるリズム”と“不器用な愛”を、細胞レベルまで落とし込む役作りが圧巻

物語や演出、技術について語ってきたが、もちろん俳優の演技もとんでもなく素晴らしかったわけで。
「記号」として演じるのではなく、大貴という人間の「生きるリズム」を文字通り細胞レベルまで落とし込んでいるとすら感じた。
独特の「コトコトとした歩き方」や、角を曲がる時に必ず一度立ち止まり「直角に曲がる」ルーティン。それは

普段は表情がほとんど変わらない大貴が、不意に希へ向ける視線の微かな揺らぎや瞬きの速度に、
希の頬にそっと手を差し伸べる仕草ひとつにも、「不器用だけれど確かに愛し、慈しんでいる」という心の奥の温度が宿り、観る者の胸を静かに、しかし強く締めつける。
【④】のんもやはり、とんでもない
「うまい」より「あまりにも“良すぎる”」。物語に血を通わせる天性の実在感と温もりが、ダイレクトに感情を撃ち抜く

そして妹・希を演じたのんさんの演技は、「上手い」という言葉では括りきれない、不思議な魅力に満ちている。
技術的な感嘆より先に、
という感情が観客の心から飛び出ていく。

寝ぐせをピッコーンと泳がせたまま身支度をして家を飛び出す姿。
突然のプロポーズに「寝ぐせピッコーンなってるのに? ロマンチックが圧倒的に足りひんやん。あほちゃうか!」とずけずけ突っ込む屈託のなさ。
のんさんの「上手いより『良い』が勝つ」天性の表現力と、ぜひ大きなスクリーンで出合ってほしい。
【⑤】どうしてこんなにいい映画ができたんだろう
それは、情熱によって完成しているから。何度でも言いたい、“本気でよかった”。この映画はきっと、観客の1人も残さず寄り添ってくれる

「どうして、こんなに良い映画ができたのか」という問いの答えは“成り立ち”にもある。
すべては、主演の安田章大さんが、脚本・山野海さんによるオリジナル脚本に強く心を動かされ、自らプロデューサー・佐藤現さんに映画化を持ち込んだことに始まる。

監督ら作り手との初顔合わせでは、いつの間にか互いの生い立ちや心の内を吐き出し合い、その濃密な時間が作品の核になったそう。専門家の監修も仰ぎ、
純粋な情熱と途方もない熱意が、本作を支えている。
そして、舞台となる大阪・堺のどこか温かくて心地よい空気感。大貴を見守る職場の先輩やグループホームの社長ら「おっちゃんたち」の可愛らしさ。ぜんぶが愛おしい。

富貴晴美が手掛ける音楽と、安田さんも参加した主題歌「話そう」の深い余韻も好きだ。劇中の美味しそうなごはんの数々も。

最近の映画を観ていると、過剰に展開やテーマを詰め込んで無理をしているように感じることもある。
けれど、この「平行と垂直」は無理をしていない。
だからきっと、劇場へ足を運んだ観客の1人も取り残さず、その人生にそっと優しく寄り添ってくれるだろう。







