「細かいところに目を瞑り、流れに身を委ねるのが楽しめる秘訣のように思った」夜鶯 ある洋館での殺人事件 Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
細かいところに目を瞑り、流れに身を委ねるのが楽しめる秘訣のように思った
2026.3.5 字幕 アップリンク京都
2021年の中国映画(123分、G)
殺人事件を題材に映画を作ろうとする業界人たちを描いたミステリー映画
監督はリウ・シュンズモー
脚本はリー・バーシェン&リウ・シュンズモー
原題は『揚名立方』で「名声と富」、英題は『Be Somebody』で「何者かになる」という意味
物語の舞台は、1940年代の上海
ある映画の鑑賞を終えた元脚本家のジアフイ(イン・ジョン)は、俳優のグワン(ヤン・ハオユー)とともに、実業家のズーイエ(チェン・ミンハオ)からある場所に呼び出されていた
次回作の打ち合わせとされていて、彼らはある古びた洋館へと案内された
そこには、新作が決まっていない映画監督のジョン(ユー・エンタイ)、スタントマンのシアオダー(コー・ダー)、生活に苦しむ女優のモンディエ(ドン・ジアジア)たちが招待されていた
ズーイエは「ある事件の内部資料を手に入れた」と言い、その事件をモチーフにした映画を作ろうと考えていた
渡された資料は、数ヶ月前に上海を震撼させた「三老事件」についてのもので、映画のアドバイザーとして、ローシャン(チャン・ペンユー)とダーハイ(チン・シアオシエン)も参加していた
彼らは資料を紐解きながら、犯人はどんな人物で、何を目的に犯行に及んだのかを考え合うことになった
犯人は三人の富豪とその護衛数十人を1人で殺したとされていて、その残虐性からすでに死刑が確定していた
ジョン監督、グワンが仮説を唱える中、ジアフイはとあるアクシデントによって、テーブル下の秘密を見てしまう
そこには、アドバイザーのローシャンとダーハイが鎖で繋がれていて、ジアフイは彼らがこの事件の首謀者であることに気づいてしまう
そして、ズーイエは金にものを言わせてこの洋館を購入していたが、実はこの洋館こそが事件の舞台だった
偶然、2階に上がってしまったシアオダーは、そこに血生臭い現場を見つけてしまう
ズーイエは彼らを閉じ込め、映画の制作と称した「事件の真相探し」を始めさせる
そして、その会議の内容すら映画の宣伝に使おうと考えていたが、その事件にはまた別の事件の繋がりというものが残されていた
ジアフイは自身の仮説を唱えるものの、それでも不可解な点は多すぎた
そして、ローシャンが犯人自身であることが暴露され、そこからイエイン(ドン・エンシー)という謎の少女と犯人の関係性が紐解かれていく
さらにイエインをバラバラにした経緯などが想像されてくるのだが、さすがに情報が多すぎてそれぞれの想像力は一つの結論に流されてしまうのである
ローシャンは彼らがバラバラ死体の正体にまで辿りついてないことを知り、そこで一芝居を打つことになった
それは、バラバラ遺体がイエインのものであり、彼女は三老の慰みものになっていて、その名誉を守るために緊縛の跡に沿って、遺体をバラバラにした、というものだった
その思考はジアフイの中で膨らんでいき、想像力に長ける人々はそれを本当だと信じていく
そして、そんな彼らの元に、事情を知る軍部がやってくるのである
映画は、殺人事件の現場にて、殺人犯までも招集させるという内容で、そこで当事者を目の前にして推理合戦になるのは面白い
極度の緊張の中で、拙い想像を張り巡らせていき、最悪の結末というものを想像していく
だが、それらはローシャンによる「彼らの良心と想像力を利用したもの」であり、それによって三老の所業を明るみにしようという計画を持っていた
そして、それらが為されることで、イエイン自身が自由となり、彼女を守ることができると考えたのである
映画は、真面目に考えるとおかしなことばかりが続く内容になっていて、大きな嘘のためにスルーしなければならない細かな嘘というものがたくさん登場する
観ている間はそこまで気にならないものの、よく考えるとおかしいなあと思うことだらけだったりする
軍部が政治を担う渦中において、それらを含めた財界の悪趣味というものがあって、その「火消し」を行うのが長官(イー・カーレイ)の仕事だった
だが、それらをもうまく利用する流れの中で彼らは脱出し、ローシャンの命と引き換えに、ジアフイたちは暴露映画の根幹を握ることになる
そして、その映画は国外にて駆け足で製作され、ベトナムを起点として、世に出ることになったのである
いずれにせよ、製作された映画はどのような出来かはエンドロール中の左画面に登場するのだが、映画と言えるほどの出来にはなかったと思う
当時の映画のテイストをそのままトレースしたような演技になっているが、それもまた一興という趣があった
いつの世も為政者と一部の変態によって被害が起こるというのは世の常で、偶然にもアメリカで大問題が発覚している段階で日本公開になったのは面白くもある
軍部の暗部を描いている作品でもあるので、よく検閲に引っ掛からなかったなあと思ったが、そこも含めてフィクションだった、と言えるのではないだろうか
