ショパン、ショパン!
解説・あらすじ
「ポーランド映画祭2025」(2025年11月14~20日/YEBISU GARDEN CINEMA)上映作品。「EUフィルムデーズ2026」(東京:26年5月16~29日=シアター・イメージフォーラム、5月19~24日=国立映画アーカイブ、名古屋:6月6~19日=ナゴヤキネマ・ノイほか広島、京都、福岡で開催)上映作品。
2025年製作/133分/ポーランド
原題または英題:Chopin, Chopin!
「ポーランド映画祭2025」(2025年11月14~20日/YEBISU GARDEN CINEMA)上映作品。「EUフィルムデーズ2026」(東京:26年5月16~29日=シアター・イメージフォーラム、5月19~24日=国立映画アーカイブ、名古屋:6月6~19日=ナゴヤキネマ・ノイほか広島、京都、福岡で開催)上映作品。
2025年製作/133分/ポーランド
原題または英題:Chopin, Chopin!
ミハウ・クフィェチンスキ監督が『フィリップ』(2022)に続きエリック・クルムを主演に起用したポーランド映画。
「ピアノの詩人」と謳われた名音楽家フレデリック・ショパンが病に冒されてからの生き様をダイナミックかつ抒情的に綴る。
開巻直後、恐ろしいほどの羽音とともに登場する小さな蝿は、まどろむフリッツ(ショパン)の左手にとまるが、彼は気付かない。
のちに妄想となって現れる豚の大群同様、「死の予兆」の視覚的な暗示となっている。
ポーランド出身ながらパリ市民から熱烈に歓迎されるショパン。だが、不摂生と不規則な生活は彼の体を徐々に蝕み、不治の病、結核の影を呼び寄せる。
愛人のジョルジュ・サンドとスペインのマヨルカ島に隠棲したり、怪しげな民間療法に手を出したりはするが、作曲と演奏への飢渇に抗えず静養をなおざりにしてしまう。
親友のヤンや幼い後継者のカールがやはり結核で命を絶たれても、最期までピアノに向き合うことをやめなかったショパンに短命を余儀なくさせたのは、本当に結核のせいか、それとも「ビアノ中毒」ともいうべき芸術家肌の性(さが)ゆえか――。
ショパンの伝記映画といえなくもないが、物語は彼が病を得た余生に特化され、演奏シーンは断片的。エンドロールに使用される曲もショパンの代表作ではなく、エレクトリックなポップス。
本作を観賞した当日の劇場は平日の昼間にも関わらず、ほぼ満席。席を占めていた観客の大半はショパンやクラシック音楽のファンだったんだろうけど、彼らには不満の残る出来だったのでは!?
ジャズファンの自分にとってクラシックは専門外。本当は地元では当日が封切りの『カウント・ベイシー』も観たかったが、上映時間がモロ被り。『UAフィルムデイズ 2026』での上映が一日だけの本作を優先せざるを得なかった。
観賞の動機は単純にポーランド映画だからだが、ポーランド映画ファンとしても若干不満が残る内容。
当時のフィリップ国王からパリの市民権を授与されても「自分はポーランドから離れられない」と言い返すセリフや、親友の音楽家フランツ・リストから「今は理解されない」と咎められてもポロネーズに拘る姿勢にショパンのアイデンティティが汲み取れるが、リストらから「ポーランド人以上にポーランド的」と揶揄された人物像としてはちょっと物足りない。
ポーランド語が使われるのが家族との会話の場面だけで、あとはほぼフランス語だから、余計にそう感じてしまうのかも。
監督のミハウ・クフィェチンスキは晩年のアンジェイ・ワイダ監督作品をプロデューサーの立場で支えた人物。もう少し踏み込んだ表現があってもよかったのではと思う。
そんな本作を見応えある作品にしている要因のひとつは、ショパンを演じたエリック・クルムの熱演。特に、ポーランドを代表する音楽家にしてショパンの専門家ヤヌシュ・オレイニチャク(本作の公開直前に心臓麻痺で他界)の指導のもと7ヶ月に及ぶピアノの特訓(うち3ヶ月は外部との接触を絶ってレッスンに没頭していたとも)を経て臨んだ吹き替えなしの演奏シーンはお見事と言うほかない。
19世紀のパリを復元したセットや美麗な小道具と衣装、エキストラを大量動員した迫力ある映像も見どころ。
日本では今回の『UAフィルムデイズ 2026』と昨年末の『ポーランド映画祭』で断片的に上映されただけらしいが、大規模にロードショーしてもいい作品。
ついでに『フィリップ』も、も一回上映してもらえないもんだろうか。今夏も暑いが、公開された一昨年の夏も暑さで体調崩して観に行けなかったのが、今さらながら悔やまれる。
作品は健康な頃のショパンの「これでおしまい」という短いセリフのシーンで幕を閉じるが、あとになって考えると、死を暗示する蝿の羽音にも動じず笑みを浮かべる冒頭のシーンとリンクしているような気も。
一部では、死の恐怖を抱えながらセレブたちに囲まれ人生を謳歌したショパンを悲劇の主人公ではなく、等身大の人間として描いた作品と評しているが、はたして!?
結核やコレラの流行に、新型コロナのパンデミックを体験した現代人の苦い思い出が投影されている点にも注目。
冒頭のハエの姿が、音が、気になって仕方なかった。
死の気配か、創作の妨げの象徴か。
史実を織り交ぜたフィクションだという前提で観たつもりだけれど、
芸術家の個性や、その時代の公衆衛生、革命の空気など、さまざまなものを垣間見た。
ショパン自身が「繊細な音」と評したのは、
彼の演奏は、耳を傾けない大衆には、「繊細な音楽」が届かないという意味だったのか、
他の人が弾くと、「違う音楽」になってしまうということか。
リストが「音を撒き散らしている」というショパンの曲も、彼自身が弾くと傑作になる。
彼の音楽は「楽譜」という共有可能な形をとりながら、実は誰とも共有できないものだったのかもしれない。
「5日間も寝ていた」と、「5日間も弾いてない」という認識の違いは、
「ピアノなしでは生きていけない」という言葉につながっていた。
心に残ったのは、ショパンが常に何かの間で揺れ動かされていたということ。
自分は何者か。
「ポーランド人」というアイデンティティと、「フランスの天才」という称号、
「音楽しかない」という思いと、「それではダメ」という意見、
「心が動かない」と、「気持ちを育てるのよ」。
自分の人生はどう導かれたのか。
「外に出たい」と、「外に出してもらえない」、
「外に出してもらえなかった」と、「あなた自身がピアノを選んだ」
自分の身体はどうなっているのか。
結核を遺伝と考える社会と、感染症と考える社会、
「あなたがうつした」と、「君のせいじゃない」。
生と死の境界はどこか。
「生きている」のに、墓地に運ばれる人、
生きているのに、「ショパン死す」という報道。
恋人サンドに放った言葉にも、
面倒をみたいと言う元教え子への言葉にも、
ずっと周囲に揺さぶられ続けたからこその、相手の人生を尊重する愛があったのだと思う。
死がいよいよ近づいた時リストに言った言葉にも、
相手の中で大きくなりすぎた自分の存在を、小さくしようとする愛が滲んでいたように感じた。
冒頭のハエのように、小さくても心を乱すものに縛られながら、
自らは誰かを縛る存在にはなりたくなかったのだろう。
天才とは、誰より自由に見えて、誰より多くのものに縛られている存在なのかもしれない。
note(YouKhy)ではもう少し詳しく書いています。
ショパンが結核と診断されてから亡くなるまでの葛藤を描いた作品。
どこまでが史実かわからないけど、美しい音楽、リストとの友情、恋人との出会いと別れなど、盛りだくさんの内容でした。
この手の作品は退屈な場合が多々あるけれど、2時間超えとは思えないテンポのいい作品でした。
あの時代に結核が不治の病でなかったら、音楽史はどうなっていたんでしょう。
死の間際に燃やしてしまった楽譜内容が気になります。