劇場公開日 2025年11月28日

「田中泯の声と、月・雨・風・雲と…」Ryuichi Sakamoto: Diaries いたりきたりさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0 田中泯の声と、月・雨・風・雲と…

2025年11月12日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会、映画館

NHK「Nスペ」枠で放送された59分間の番組『Last Days 坂本龍一 最期の日々』に新たな映像と音楽を加え、96分のドキュメンタリーとして再編集された本作。元がテレビ番組だったとは知らずに鑑賞したが、「要領よくきれいにまとまっている」というのが第一印象。使用楽曲も「Merry Christmas Mr. Lawrence」をはじめ耳馴染みのもの中心に選曲され、万人に伝わりやすいテレビ的なタッチで作られている。

このドキュメンタリーは、坂本氏が残された日々の中で音楽家/芸術家として成した業績よりも、一個の人間としてどう生きたかをみせることの方に比重を置いている。晩年の氏のさまざまな創作活動、芸術交流、メッセージ発信は取捨選択され、同氏が遺した「日記」からの抜粋朗読とともに手際よく紹介される。

その「日記」を朗読する田中泯の声が実にいい。過剰な表情や感傷を廃して淡々と読み進める。ここで序盤に読まれる「何を見てもこれが最後」「死刑宣告」「俺の人生、終わった」などの赤裸々なことばに、まず胸を衝かれる。

死の無常にあがきながらやがて諦観の境地に至るまで、この「日記」のことばは紡がれていく。その折々にコメント映像が挿し込まれるが、それらは本人や親交があった人々だけにとどまらない。担当医師、高橋幸宏氏の妻、そして当人の子どもたちの肉声にまで及び、故人の心境をつまびらかにしていく。

ことばだけではない。本作には未公開メイキング映像やプライベート動画も盛り込まれ、ときに衰えゆく自らの身体までも「晒して」みせるのだ。亡くなる間際、意識不明に陥ってなお手振りで指揮するようなしぐさを見せる様子など、軽く衝撃を受ける。
ただし、こうしたショットはいずれもおしなべて美しく目に映る。酷な言い方に聞こえるかもしれないが、そこでは人間存在への厳しい凝視、目の前に起こっていることをしかと見届ける視線が巧みにぎりぎり回避されているようにも思える。

また、ここまで切り込むなら、おそらく当人に最も近しい位置で終始寄り添ってこられたであろうパートナーの方のコメントも併せて伺いたかった、という気がしないでもない。無論プライバシーのこともあるから、軽率にそんな口を挟むのは慎むべきなのだろうが。

ところで映画序盤に、同氏が「ピアノを自然に還す実験」と称してニューヨークの自宅の庭にピアノを放置し、月日とともに朽ちてゆくさまを観察する、というくだりがある。次第にそれは風化して、いつしか風景の一部に溶け込み、地に根づいたような佇まいをみせる。見る者はそれらのショットに自ずと同氏の人生を重ねるのだが、それとは別に、このピアノの朽ち方は、本作中で同氏が折にふれ言及していた「月/雨/風/雲」との結びつきも強く意識させる。

「雲の動きは音のない音楽」「雨音を何時間もずっと聴いて救われた」などのことば。また、雨風に揺れる枝葉や夜空に浮かぶ満月の映像。本作で見聞きするそれらは、つなぎショットや一場の点景、あるいは同氏の心象風景といった意味合い以上に、氏の名曲の数々にも匹敵することだったと思えてくる。自然を慈しむ中で至った無為自然の境地。そう思うと、なんだかすっと心が晴れて、自分も「救われた気分」になった。

余談だが、たしか本作の始めと終わりに、さざ波に揺れる水面の月らしき映像が挿入されていたかと思う。ここでアッバス・キアロスタミ監督の傑作『5 five ~小津安二郎に捧げる~』の記憶が鮮やかに甦った。NHKからの委嘱で制作された同作の中で、キアロスタミ監督は、池の水面に映る月が風によって姿を変える様子を、野鳥や蛙の鳴き声とともにワンシーンワンカットで延々と撮っている。コレがものすごく心に沁みたことを今また噛みしめている。

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いたりきたり
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