鯨が消えた入り江のレビュー・感想・評価
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美しい海岸線と煌めくような太陽、そしてじっとりと肌に絡みつく湿気
香港で人気小説家のティエンユーは、盗作疑惑が持ち上がり、精神的に追い込まれていた。台北で出会ったアシャンと、かつての文通相手の少年が教えてくれた天国につながる「鯨が消えた入り江」を探しに行くロードムービー。
冒頭から台湾の自然あふれる美しい海岸線とまさに煌めくような太陽、そしてじっとりと肌に絡みつく湿気、映画は台湾の南国風情を美しく描いている。観る者に倒錯的な幻想性を想起させる。そしてティエンユーのこのひと夏の経験へ朧気な記憶が、太陽の光の中に少しずつ差し込まれていく描写は実に巧妙だった。
陽気な地元チンピラ、アシャン演じるフェンディ・ファンが良い。ティエンユーと対照的な、野性味あふれる笑顔がまさに南国のような存在だ。
勝手解釈だが、全年齢対象映画でもありストーリー重視なので仕方ないが、わざわざレスリー・チャンをトリビュートしているので、友情を超えた愛のカタチの描き方も微妙な線で止めず、もう少し突っ込んだらさらに幻想性が高まる、と感じた。
とはいえ、俳優もストーリ本筋も優しい作品なので、気楽に原題「我在這裡等你」の意味を考えながら素直にお楽しみいただけます。
1990年代香港カルチャー好きなら情報収集せず見て欲しい
私にとって、最高の映画だった。
そして、1990年代に張國榮をはじめとした香港カルチャーが大好きだった人には、間違いなく重く響く映画だと思う。
理由は、張國榮が生きていてくれたら、というあれから20年以上たっても誰もが消せない願いを、純化し結晶させ、ふたりの主人公の切ない願いの物語にしてくれたから。
物語の起点となる2003年は、レスリーがこの世を去った年。
この映画の英語タイトルも、レスリーの歌に拠っている。
レスリーが旅立って20年後の「2023年張國榮ワールドツアー」の看板に目を見張る。
そしてここぞというところにかかるレスリーの曲、「春夏秋冬」。
主役ふたりの、一方からすると唐突な、一方からすると運命に思える出会いから、少しずつ縮められ、クロスしてすれ違った関係が、からまりあってひとつになったことが楽曲で表されたかのようだった。
花火の逆回しは、なんて切なくて綺麗なんだろう。
冒頭で流れた映像に、時を巻き戻したい願いが込められていると知った時、すべての感情があふれて持っていかれた。
メロいファンタジック
いつか、また会える
作家であるティエンユーが盗作疑惑で追い詰められ、
“鯨が消えた入り江”を探すために訪れた台湾でアシャンという青年と出会うというストーリーです。
天国につながるという“鯨が消えた入り江”を探して2人の旅が始まります。どこかファンタジーで時系列が難しいのですが、映像がとてもきれい。私も台湾南部の海に今年行きましたが、映画に出てきたあの景色のまま本当に澄んだ青色できれいでした。
手紙が繋いだ縁が互いの人生に影響を与えて、
やはり人との出会い(突然現れたワンコも)が人生を作るということが良い意味でもそうでなくても身に沁みる作品です。
海岸壁で身投げをしようとする人に呼びかけをする隊員の皆さんがとても可愛かった。
ラストの電車のシーンもとても良かったです。
男子2名の青春の刹那のような. 香港の人気作家,メディアに叩かれ台...
男子2名の青春の刹那のような.
香港の人気作家,メディアに叩かれ台北に逃避行, 助けてくれた青年と徐々に打ち解け,
旅の目的にも共鳴し, 台湾各地を二人で乗り回し.
顔が近づいて動揺、
回想と美化と後悔、
実は過去に…、
タイムループでやり直し…
など、
まるで女性読者むけの小説や漫画のようなものをみているような感覚になりました。
物語の終盤は、
あれだけ執着していた旅の目的を手放した意図、それを聞かされた側の思いは?
どこが進行形の話だか、たられば・やりなおしなのか?
など、理解がおぼつかない箇所もいくつか。
一方で、
香港の街の煌びやかさ、狭い大都会、
台湾の各地の森林や海の景色、とくに南端の墾丁(Kenting)
対比が見事でした。
私的にツボったこと、台湾では、
"石頭"のことを "阿搭馬孔固力"(アタマコンクリ) と言うのですね。
たまたま、人づてに聞いたばかりでしたが。本当に使ってました。
よくあるストーリーでとくにひねり無し
過去に戻り誰かを助ける、または助けようとする映画が多い中でとくに光るものを感じなかった。
2人は同性愛者ではないと思うが、接し方が同性愛者ぼくて感情がよく分からなかった。
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