DIE MY LOVE ダイ・マイ・ラブのレビュー・感想・評価
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わたしの苦しみはわたしのものであるという覚悟。
『ボクと空と麦畑』『少年は残酷な弓を射る』とも通じるが、人間が持つ感情や感慨の中でも、世の中に吐露しづらい、世間の常識が後ろ暗く思わせるような気持ちをえぐるのがリン・ラムジー監督は相変わらず上手い。そして、例えどんな負の感情であっても、それが他人の共感を得られないものであったとしても、本作は決して否定はしていない。主人公が向かう先が破滅であったとしても、そういう生き方や苦しみ方もあることを否定しない映画があることで、世界のどこかで元気づけられたり救われたりする人はいるのではないか。このとっちらかった主人公は世間的には幼稚だと言われそうだけれど、間違いなく彼女を取り巻く環境はクソだし、その息苦しさから抜け出そうともがく彼女は怪我をした野生馬のようで、ときに美しくすらある。ジェニファー・ローレンスが臆することなく演じた価値は十分にあったのではないか。グロテスクな寓話だとは思うけれど、奇妙な優しさがあるようにも感じています。
フレームからはみ出す“枠外”の愛の行方は…
ジェニファー・ローレンスに原作を推薦したのはスコセッシだったらしい。
死ぬほど好きな男とニューヨークから片田舎に移り住んだ女性。自殺した叔父が残した彼の家で愛の戯れに身を委ねる新しい毎日。だが幸福なときは長くは続かない。愛する人がいて、彼との交わりで愛くるしい子どもが生まれた。なのに、なぜ…。
ジェニファー・ローレンスが選んだ監督は『ビューティフル・デイ』のリン・ラムジー。
元FBIでベトナムに従軍した退役軍人は、ある特殊な任務を自分に課している。マザコンであり、ロリータの兆候があり、どこかトラヴィスをも思わせる男をホアキン・フェニックスが体現、鬼気迫る快演に圧倒された。個人的には『ジョーカー』よりも断然好きな映画だ。
ラムジーは、冒頭からフレーム内フレームの構図と手持ちカメラによって自由な演技空間を作る。枠組みをはみ出す自由な演技を引き出す能動的な演出に撮影が呼応する。画角はもちろんのこと、エクタクロームだから表現できる陰影と光彩が感情の揺れを繊細にとらえている。つまり、すべては固定された枠の中ではなく、枠外の揺れを描き出すのだ。冒頭と終わりの同一アングルから家を見据えたとき、ふたりが共にした時の経過が浮かび上がる。この描写センスも抜群だ。
ジェニファーは共演者にもこだわる。出産後の変化に惑い、途方に暮れながらも彼女を愛し続ける男にロバート・パティンソン、突然姿を現す娘を見守りながらも、ときにライフルを向ける姑にシシー・スペイシク、認知症を患い達観の域にある舅にニック・ノルティと、硬軟を織り交ぜたキャストが顔を揃えている。
出産と育児によって失われたこと、変わってしまったこと。複雑で単純ではない内なる変容を表現することの難しさ。言下にうごめく特別な感情を表現する。衝動に身を任せるかのように振る舞う女優と、もはや限界だと彼女をもて余りしがらも、突き放すことができない自分を体現する俳優。極めて難易度の高い感覚的な演技で表現されるのは、あてどない魂の彷徨。ふたりが行き着く先には…
壊したいのは彼、愛、それとも私?
原作小説の著者アリアナ・ハルウィッツは1977年にアルゼンチンのブエノスアイレスで生まれ、2007年にフランスの田舎に移住。異国の地で言葉と文化の壁を感じながら子育てをした経験から、デビュー作「Matate, amor」を執筆し2012年に発表した。英訳「Die, My Love」は2017年に、そして邦訳「死んでよ、アモール」は今年6月にそれぞれ出版された。
小説の英題からカンマを抜いた映画の原題「Die My Love」、そして原語にカナ表記を足した邦題「DIE MY LOVE ダイ・マイ・ラブ」は、韻を踏んでいて詩や歌詞の一節のように美しく聞こえるかもしれない。ただし、スペイン語の原題の解釈をAIに尋ねたところ、スペイン語のMatateは、動詞matar(殺す)に再帰代名詞te(お前自身を)がついた形なので、厳密には「お前自身を殺せ(自殺しろ)」という意味になるのだとか。だから、スペイン語題の強烈な感じには、邦訳本の「死んでよ、アモール」の方がより近いようだ。
単にタイトルが持つ語感だけでなく、この映画は米英合作の英語劇として製作されたことで、肯定的に言えば詩的にソフィスティケートされた、批判的に言えば重要な不安要素の一部が抜け落ち主人公がより分かりづらいキャラクターになったと思われる。
映画化の流れとしては、英訳本を読んだマーティン・スコセッシがプロデュース作品として企画を立ち上げ、ジェニファー・ローレンスに主演を打診。ローレンスは製作に加わり英国出身のリン・ラムジー監督に声をかけ、ラムジーが共同脚本も手がける形で本格始動したという。
原作からの重大な改変点は、物語の舞台と主要人物の母国語。小説では主人公の国籍は明示されていないものの、著者と同様にスペイン語を母国語とする外国からフランスの田舎に移住してきたことが示唆されている。いっぽうパートナーの男性について、やはり国籍が明示されていないものの、こちらは現地のコミュニティーやフランス語に溶け込んでいることから、フランス語が母国語か、少なくとも日常的なフランス語会話に馴染んできたことがうかがわれる。
ところが映画では、グレース(ジェニファー・ローレンス)とジャクソン(ロバート・パティンソン)のカップルがニューヨークから米北西部モンタナ州の田舎に移り住む。この変更により、ジャクソンや地元住民とグレースとの間に言語の壁は必然的になくなってしまう。脚本チームはこのままだと主人公の孤立した感覚や疎外感が足りないと思ったのか、グレースは訪れた雑貨店のレジ係が愛想よく始めた世間話を断ち切るなど、コミュニケーションを嫌っているか苦手とする性格の一面が追加された。
つまり、産後うつや育児ノイローゼとして一般に知られる状況に、言葉もろくに通じない外国に移住したことによるストレスや孤独が加わって精神状態を悪化させていくという原作の重要なポイントが失われ、映画ではコミュ障なせいで自滅していく、身勝手ではた迷惑な主人公に見えてしまうリスクを抱えることになった。もちろん、映画のキャラクターにどの程度共感できるかは観客個々の経験や考え方の違いで個人差が出るだろうし、本作のストーリーでも十分に納得できると評価する方がいてもいい。とはいえ個人的には、脚本の工夫次第でもっと共感しやすいキャラターになったはずなのにと惜しまれる。
最後に、アモールもマイ・ラブも文脈的な第一義は「私の愛しい人」だが、「私の愛」と読み換えるなら、感情をかき乱し破壊的な行動をとらせる自らの愛そのものを消し去りたい、とも解釈できる。さらに言えば、愛に振り回される自分こそが「死んでよ」の対象だったのか。それでも、原作者が苦労した経験を克服し小説を書いて成功したことを考慮すれば、ラストは主人公の“新しい自分への生まれ変わり”を詩的に表現したシーンだと解釈するのもありだろう。
授乳中の片乳はホンモノ?
妻の奇行
ネコを飼っていれば…
原作未読。 とにかく狂気の主人公を演じるJ.ローレンスに圧倒された。ヤバいシーンも、そうでない日常の場面でも常に不穏な緊張感が漂い、観ていて結構にシンドい映画。
産後鬱という設定みたいだが、それほど育児に忙殺されている描写はなく、そもそもこの奥さん、子を産む前からちょっと行動・言動がエキセントリックじゃない?
途中、「結婚しよう」から結婚パーティーへ雪崩れ込むとこ、てっきり回想シーンと思ってたら段々辻褄が合わなくなって、やっと二人は正式に結婚してなくて子供が生まれてから正式に式を上げたのだなと分かった。
妄想と現実のシーンが折り重なって描かれるので解釈が結構難しいです。
アメリカなのに、主人公は運転できないみたいで移動は乳母車押しての徒歩か自転車というのがやや不自然だった。
冒頭、赤ん坊の6ヶ月のお祝いしていて、後半、主人公が退院後に焼いてたケーキに10の飾り文字が見えたような気がしたが(自信ない)、半年弱ぐらいの期間の出来事?赤ん坊もぜんぜん成長してないし。
題名はThe Everly BrothersのBye Bye Loveと韻が合ってるけど偶々?
あのときイヌじゃなくネコを飼ってたら癒されて人生変わったかもよ。
Drowsy
かなり狂気的な恋愛劇なのかなぁと思い鑑賞。
あら?思ってたんと全然違う!かなり苦手なやつ!ってなりました。
産後に鬱状態になってしまった奥さんが狂う様子をひたすらに見せられるので、かなり胃もたれしましたし、その狂気を楽しめるかというとその領域まで達していなかったりとかなり中途半端に思えてしまいました。
とにかく異常行動しまくるので見ていてモゾモゾしますし、子供の近くでナイフをクルクルさせたり、四つん這いで彷徨ったり、自傷行為がめっちゃ多いのでめちゃくちゃかまってちゃんですしで観ていて痛々しかったです。
旦那も旦那でなんで躾のなってないワンコを連れて帰ってくるんだ?と思いましたし、キレるポイントがまぁまぁ謎すぎてお前もお前やってなりました。
時系列シャッフルがめちゃくちゃ行われているので、産後と産前がバラバラに観せられたり、大きく過去に飛んだかと思ったら現在に戻ってきたりとしているので、ストーリーの薄さをより際立たせているなと思いました。
暴れまくるのは産後がほとんどなので分かるとはいえ、赤ちゃんが不憫で仕方ないシーンばかりなのがなんとも…。
あとまぁ…ワンチャンが見事に撃ち殺されます。
直接描写はないにしろ、それは勘弁してくれよ…ってなりました。
馬も轢いてしまいますし、動物にそんなに恨みがございますか!?と製作陣に強く聞きたくなりました。
燃え盛る森を映しながらのラストも、大々的、仰々しいとかよりも前にクッソ迷惑かけてるじゃない!って考えに辿り着いてしまうので相性の悪さをしっかりと感じてしまいました。
ハッピーエンドっぽく終わらせようとしていたのを捻じ曲げたのはまぁいいんですが、着地は着地で微妙だなぁと思いました。
全体的に色んなメタファーが盛り込まれていたっぽいんですが、そんなもんたくさん詰め込まれても分かるかい!ってなってしまいましたし、恐らくなんじゃこれ?って思ったシーンはほとんどメタファーだったのかなと思ったらまた飲み込みづらくなりました。
地味におもろかったポイントは嫁が車からダイブするんですが、「さよなら、僕の英雄」でマッツが同じようにダイブしてたので直近の作品でこの描写が被ることあるんだって笑いました。
役者陣は凄かったと思いますが、作品の中身はただの狂気のオンパレードで厳しかったです。
パティンソン、なぜこれを選んだんや…。
鑑賞日 6/23
鑑賞時間 9:20〜11:25
女性なら思うとこある
ラストの山火事で焼身する妻グレースジは、出産育児は、本来の自分自身を焼き殺すほどの事だ、夫のジャクソンは心配して追いかけてくるが、それでもやっぱり夫男=傍観者であるという心理描写かな
気の利かない夫と、田舎の小さなコミュニティでの子育て、これが執筆家の妻には壊滅的に合わないわけだ、そこに本来の自分の過去のトラウマも加わって鬱が加速していく、
ジャクソンは至って普通の男。あんなもんだよね、男って?後半は献身的な男に変化していく、それでも妻を喜ばせる為にすることなす事全てが的外れ、パーティーへ連れて行ったり、入院中に壁紙を貼り替えたり、新しい車を買ったり…妻が本当にして欲しいことは、そうじゃないねんっていう 笑
でもこれも精一杯の愛なんねー、義母がいつまでも亡き夫を追って夢遊病になってしまうくらい、すれ違いながらも、一生を添い遂げる「結婚」とは、もはや狂気の沙汰では?と
わかりにくい映画だけど、出産したら女性はもう2度ともとの自分、人生には戻れないのよ!という監督のメッセージは強く伝わってきました、女性としては色々思うとこのある映画だったかなと
ロブ推しとしては、こんだけ普通の男役って珍しく、次のザドラマも続きますが、女性に振り回されてくさまが最高でした、実生活に近いんちゃう?ってのはイチファンとしての感想です 笑
共感できない正負の感情表現のバリエーションのみ
ミステリー物かと思っていたら、
メンタル不安の世界を徹底的に表現した映画だった。
夜明けの馬、銃など幻想的な描写や、
幸せの絶頂にお道化たり、踊っている明るいシーンもあるが、
フラストレーションでイライラしていたり、
感情が爆発し衝突するシーンがとても多く(印象)、疲れる。
物語はさしたる筋もなく、
剥き出しの感情のバリエーションをひたすら提示している感じで、
ひとつの表現としてはいいのかもしれないが、
共感を誘ったり、解決策を提示するような映画ではないと思いつつも、
見ているこちらのフラストレーションがたまって
意味を何度も問いかけたくなった。
個人的には筋のない詩的な映像表現は好きなのだが、
本作はあまり奥行きの感じられないのが残念だった。
何を訴えたかったのか??
「愛と狂気の狭間で揺れる夫婦の姿を描いた」「出産後の女性が抱える孤独や不安を体現」という作品紹介は、全く偽りなし。
で、そこから何を訴えたい映画だったのか?私には作品のテーマがよく分かりませんでした。
単に愛と狂気、孤独と不安を映像化したかった?
産後の女性はこんなに大変なんだから、男性はもっと配慮すべき、みたいなこと?
でも、主人公の旦那って、たしかに無神経なところがあるけど、基本的には最初から最後まで主人公に寄り添ってて、悪い奴じゃないんですよねえ。
回想シーンを見る限り、主人公は結婚前からメンヘラ気質っぽかったし。
私だったら、妻があんなメンヘラってたら耐えきれないかも。
産後鬱でもあんな風にならなかった我が妻に感謝。
男ども、もっと妻に感謝せよ。
そういう映画で合ってます?
面白かった
常軌を逸した行動にどんどん向かって行ってしまう人の壊れゆく心象。スタンダードサイズに押し込められたような強迫的でザラっとした演出はドキドキ感をいやでも増幅していくが、後半になると少し過剰に感じてしまった。俳優がジェニファーローレンスだけでなく、それ以外の人達も皆凄くよかったので、もっとじっくり腰を据えて見たかった、という気持ちが残った。
乳児がいる家庭に自分勝手に犬を連れ込む、というクソ行為が、間違いなく最も重大な引き金になったと思う。
調整なしの不安定
うるさい
何を撮りたいのだろう?
本作は見たくないものを2時間見せ続けられたような、とても不快な作品でした。ストーリーなど有って無いようなもので、主人公が「地面を這う」「物を壊す」「裸になる」「自慰行為をする」をひたすら繰り返すだけの意味不明な内容。この作品を観て感じることがあるとすれば「子供は産まなない方がいい」ということぐらい。何でこんな作品を撮ろうと思うのかさっぱり分からない。もっと子供を産みたくなるような前向きな作品を撮ってもらいたいものです。
全74件中、1~20件目を表示












