終わりの鳥

劇場公開日:2025年4月4日

終わりの鳥

解説・あらすじ

命の終わりを告げる鳥と対峙する母娘を描いた奇想天外なドラマ。クロアチア出身の新鋭ダイナ・O・プスィッチが長編初メガホンをとり、“死”という概念を独創的な映像表現で視覚化。病気の少女とその母親が奇妙な鳥との出会いを通して、間もなく訪れるであろう別れを受け止めていく姿を、ユーモアを交えながら描きだす。

病に侵され余命わずかな15歳の少女チューズデー。母ゾラと暮らす彼女の前に、しゃべって歌う変幻自在な1羽の鳥が舞い降りる。それは地球を周回して生きものに命の終わりを告げる「デス」という名の鳥だった。チューズデーはデスをジョークで笑わせ、外出中のゾラが帰ってくるまで自分の命を引き延ばすことに成功する。やがて帰宅したゾラは鳥の存在に畏れおののき、愛する娘のもとから遠ざけるべく暴挙に出るが……。

「恋人はアンバー」のローラ・ペティクルーがチューズデー、テレビドラマ「Veep ヴィープ」のジュリア・ルイス=ドレイファスが母ゾラを演じた。

2024年製作/110分/G/イギリス・アメリカ合作
原題または英題:Tuesday
配給:ハピネットファントム・スタジオ
劇場公開日:2025年4月4日

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(C)DEATH ON A TUESDAYLLC/THE BRITISH FILM INSTITUTE/BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2024

映画レビュー

4.0 もう一歩だった

2026年3月31日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

終わりの鳥

ある作品が「あと一歩で傑作だった」と感じるとき、そこには必ず理由がある。それは単なる好みではなく、作品が本来到達し得た深度と、実際の着地点とのあいだに生じた“わずかな断絶”だ。

『終わりの鳥』は、その典型だと思う。

この作品は、はじめから強い象徴で満ちている。娘の名前はチューズデイ――曜日という循環の中の一点。固有でありながら、繰り返される存在。母は彼女をフロッグと呼ぶ。変態し、水と陸を行き来する生き物。そこにはすでに、生と死、変化と継続というテーマが内包されている。

さらに、死を司る存在として現れるのはオウムだ。本来であれば死は、カラスや死神のような“終わり”の象徴で語られる。しかしオウムは違う。模倣し、言葉を反復する存在だ。つまりこの作品において死は、奪うものではなく、「語られ、繰り返されるもの」として定義されている。

ここまでの設計は見事だ。ほとんど結論に近い場所まで、最初から到達している。

だからこそ、物語の進行に違和感が生まれる。

この作品は、母ゾラの「受容」によって終わる。だがチューズデイという名前、フロッグという呼び名、それらが示すものを踏まえるなら、本来ゾラはすでに“知っている側”にいなければならなかったはずだ。少なくとも、構造の上では。

にもかかわらず彼女は否認し、抵抗し、そして受け入れる。この古典的なプロセスは決して間違いではない。しかしこの作品においては、観客がすでに理解している地点へと、登場人物が遅れて辿り着く構図になってしまう。

結果としてラストの受容は、到達ではなく予定調和に見える。

ここに、この作品の惜しさがある。

もしこの物語が、象徴の強度に見合うだけの徹底を選んでいたならば、別の形があり得たはずだ。例えばゾラが壊れてしまうこと。死を“施し”として与える行為に取り込まれ、戻れなくなること。あるいは、死そのものが変質し、均衡が二度と戻らない世界に至ること。

そうした「取り返しのつかなさ」こそ、この作品の核と響き合うはずだった。

しかし実際には、物語は人間的な理解の範囲に留まる。そこには確かに優しさがある。だが同時に、それは問いの鋭さをやや鈍らせてもいる。

この作品は、「死とは何か」という普遍的な問いに触れている。そしてその答えのひとつとして、「死がなければ生は壊れる」という感覚を提示している。しかしその問いを、登場人物たちの選択や崩壊によって徹底的に検証するところまでは踏み込まない。

言い換えれば、この作品は“問いは一流だが、検証が甘い”。

それでもなお、この作品が強く印象に残るのはなぜか。

それは、途中まで確かに核心に触れているからだ。観る者は、この物語がもっと深く潜れることを直感的に理解してしまう。だからこそ最後に、「そこではない」という感覚が残る。

だがその違和感こそが、この作品の価値でもあるのかもしれない。

なぜなら私たちは、その“届かなかった深度”を、自分の中で考え続けることになるからだ。

死は平等であり、不可避であり、そして意味づけられてしまうものだ。そのすべてを引き受けることは、おそらく人間には難しい。だから物語もまた、どこかで立ち止まる。

『終わりの鳥』は、死をここまで言語化しながら、人間を壊しきることはしなかった作品だ。

そしてその「壊しきれなさ」にこそ、この作品と私たちとの距離が現れている。

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R41

4.5 大切な事こそ、面白く

2026年3月30日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

なんとも珍妙なビジュアルの作品だけど
期待した以上に面白いブラック・コメディだった。
特に海岸で「あ、やっほー」って感じで
鳥が手(⁉)を振り返してくるシーンが最高。

さて本作が面白いのは、この「鳥」の曖昧さ。
彼は明らかに死を届けにくる存在なわけだけど
抽象ではなく明確な実体があるっていうミスマッチ。
待って欲しいと丁寧にお願いすれば待ってくれるし
うまく質問すれば「極秘情報」も教えてくれるナイスガイだ。

「皮肉は大好きだ」と嘯きながら
ヒトラーとスターリンとイエスの人物評をはじめるし
イエスに至っては「スカし野郎」と雑に落としながら
声真似(?)までやり始める始末。

とにかく冗談なのか本気なのか、ぎりぎり判断を迷うラインで
笑っていいのか悪いのか、これまたぎりぎりのラインを狙ってくる面白さ。

前半では死がもたらす深い悲しみと、それと同時にもたらされる安寧が示されて
後半では「とは言っても、そんな穏やかではいられない」っていう人情が示されて

大切な事こそ、面白く伝える。
そんな映画の醍醐味があじわえる、良い作品だった。

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mar

1.0 妙な死神

2026年3月30日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD
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odeonza

4.0 82点

2026年3月24日
PCから投稿
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ま