8番出口のレビュー・感想・評価
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いつまで続くの………
何度となくループするストーリーなので、初めはいつまで続くの…酔いそう……と思いましたが、ストーリーが動き出すとちょっと感動しました。
こーゆー展開、意外でした。
人は中々変わらないものですが、最後まで観ると悪くなかったです。
賛否両論あるようですが
全力で子供を守る!!というシチュエーションが好きな人は楽しめるのでは。
ボレロはドはまりド真ん中!でした。
相手は小松菜奈さんで間違いないですか?
日本ではトップクラスのヒットプロデューサーである川村元気氏と、これまた才能あふれる脚本家平瀬謙太朗氏が仕掛けた「ヒット」間違いなしの企画からの映画。初日から長蛇の列のがあったとの報告と受け、実際公開3日間で興収9.5億円を突破、2025年公開の実写映画で1位を獲得。
原作ゲームはやったことはなく、本作の「説明がしっかりされている」らしいノベライズも手にすることなく、「ヒット」しているということだけだと、全く興味のないタイプの作品だが、割とうるさ型の有名評論家、youtuberが絶賛している。
ゲームの世界観とそこに迷い込んだ男の人生の「選択と決意、父になる」の物語らしく、ノベライズもはっきり言語化しているらしい。
8番出口
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主人公二宮はオープニングで、スマホで戦争か災害のニュースをザザっとスワイプし、ちゃんと読んでるのか、ふりをしているのか、よくある車両入り口に陣取る。
直接経験したことはないが、サラリーマン退勤時のラッシュアワーの地下鉄に、乳児を抱いた母親が乗っており、赤子がギャンギャン泣く。それをうるさいから何とかしろと母親にキレまくるサラリーマン。あるかもしれない、あった話も聞くこのシチュエーション。残念?ながらこのシチュエーションにオレ自身はあまりリアルを感じない。
想定通り何か行動を起こせるはずもなく、というか、起こす必要がない二宮は電車を降り、その後別れた彼女から「電話」がかかる。二宮は、(過去のことは分からないが、)電話の画面に見える(超美人の)小松菜奈と別れており、明らかにうだつが上がらない二宮にどうしようかと相談するのである。そうして彼は「8番出口」の世界に迷い込む流れ。
8番出口の異変については、彼の小松菜奈からの相談をどう受け止めるか、の選択および決意と全く関係のない異変ばかり。ゲームのことは知らないで話を進めるが、そこに登場するオジサンの一幕は全く二宮の脱出劇には関係がない。とこの辺はゲームファンへのサービスなのだろうということで納得はしている。
だが、彼が脱出し、「病院へすぐ行く」と言って乗った電車は、物語最初と同じ電車、シチュエーションなのである。そこで彼は、オレたち観客の方を見据え、その騒ぎの方へ顔を向けて閉幕する。「騒ぎの方へ顔を向けて」なので、二宮がその騒ぎに対して「父親になるには良しとする行動」に出た、という解釈が強いようだが、果たしてそんな行動は存在するだろうか。
この映画は、初めから二宮の妄想で、不快とされる「赤子のギャン泣き」と「他人の止まない咳」を浴びせて、やかましい音響とともに、こちらの神経を触って観客を試す。赤子と喘息といった当人にはどうしようもないことを、観客のオレたちにはことごとく不快に感じさせる確信犯。これはなかなかに上手いと思った。
また本当に小松菜奈(のような女性)に子供ができたのなら、こんな話にはならないだろ、という突っ込みも作り手側には十分承知の上だと思う。
となると、そもそも子供ができたというのが、妄想。あるいは、相手は「小松菜奈」であるはずがない。
そして同じ電車(シチュエーション)に戻った、ということは、彼は映画のはじめから勝手に妄想し、結局答えを出せずにループしている。つまり騒ぎのほうを向いたが、そのまま電車を降りた、というほうが正しく観える。初めから何も起こっていないということ。(消えたカバン、収まった咳、「ボレロ」で挟む)
つまり、登場人物はすべて主人公の持っている顔、一面。電車でキレる男ですら、主人公の顔と思ってもいいかもしれない。
今回の「不快」の演出および演技が確信犯であること。クリアしたかに見えてそうではない、という解釈も可能である点。ヒットメイカーだけど、浅い、と言われてきた川村氏の一撃。それがこの違和感、異変探しのゲームと「合っている」と思わせた点がとても素晴らしい。観客を試す、といった実験もそれなりに成果があったようだ。
そして、「意を決した」とも「また逃げた」「そもそも現実に向き合っていない」ともとれる、二宮氏の風貌(と役作り)が素晴らしい。
だけど、オレ個人はすっごい長い90分だったので、この評価。
追記
このポスター、実は二宮氏の鼻先口先のほんの少しだけ8の字から出ているんだよね。ちょっとだけ、ループから抜けている、すこしだけ「前に出る」ということなんだろうけど。
オジさんGJ!
いや、オジさんが素晴らしい。聴くところ、演じたのはベテランの舞台俳優さんみたい。私が言うことじゃないけど、よくぞご出演いただきました。不気味で鉄壁の演技力、ありがとうございます。
ゲームの映画化と云うことで、非常に限られた世界観ではあるものの、その再現度が素晴らしい。そもそも、元のゲームが素晴らしかった。実写にしか見えない映像感覚で(オジさんは流石にCG感は拭えない)続編の8番乗り場のリアリズムも、もはや異常。開発者さんはその手の専門家なんでしょうか。
映画化のテーマとしては「心の迷いが生んだ時空の歪み」→「迷いから決断する勇気」ということでしょうか。「満員電車で泣く子供」「キレた他人から怒鳴られる」「それを助ける勇気が無かった」「彼女から身ごもったとの電話」「迷ってる。どうしようか決められない(泣」、そして主人公は地下に迷う。この流れ、設定付けからゲームの舞台に突入するまで、淀みなく素晴らしい。
そして進むか戻るか、このシンプルで純粋にプレイヤーの判断力が試されるゲーム性、そして決断する力は「勇気」、見知らぬ人でも助ける「勇気」、ゲーム性と主人公の設定を重ね合わせた、「ゲームの映画化」としては予測を超えて「甘さ」「脳天気さ」もない渋くて好印象だと感じました。
細かいことを云えば、「観に来た人はみんなゲームをプレイ済みでしょう?」という感じが拭いされない。プレイヤーが間違い探しに入るのが早すぎる気がする。「異変の有無」と云われて、指さし確認で間違いを探すのは、ゲームプレイの再現に入るのがちょっと早い気がした。そして迷いだしたら、まずスマホを取り出すと思う。地下で何も判らなくとも、チラ見ぐらいするのが現代人。
また、オジさんに設定付けされたのには驚いた。成る程、元はオジさんもプレイヤーで闇堕ちしたという設定ですか。元のゲームでは8番じゃない出口から出ると単なるリスタートだけど、NPCに墜とされるのは映画ならではの面白いアイデア。あの女性が歩いてくるバージョンも遊んで見たいな。自分が一通りプレイしてからも、映画化を記念してでしょうか。いくつか異変が増えていたので、女性の方もお願いします。
あと、(説明はなかったけど、ミスリードではないと思いますが)自分の未来の子供の出現も面白い。異空間での現象なら有りかと思う。ただ、最後にあの子とはぐれて、なにか思ったりしなかったのでしょうか。何か一言あるべきだったでしょうか。それとも自分の未来の子供と判ったから、もう振り返る必要はなかったのか。
結論的に自分の迷いと迷宮のサスペンスを重ねた良作だと思います。「見つけてほしいから迷子になった」「道に迷う→心の迷い」「結論を出す勇気が出せず、自分から道に迷っている」等々、迷いに関する哲学めいたものがあるような気がして実に有意義だったかと。
あと、付け加えるなら、如何に映画の中の話といえど、あんなに可愛い彼女がいるんだから、二宮さんには頑張って欲しいものです。
(追記)
付け加えで、映画版固有の異変で興味深いものが幾つか。
「電話をかけてきた自分の彼女(同じ地下道にいた)」
「通路のど真ん中で待ち構えている少年の母親」
「開いた扉の向こうで見て見ぬふりをする自分自身」
これら自分自身や自分の味方のようで、「異変」という自分の「敵」なんですよね。自分の大切なものやトラウマが自分を惑わし襲ってくる自分自身にしか通用しない罠。
似たようなエピソードが他の映画にもあったのを思い出しました。うろ覚えですが、攻殻機動隊シリーズ劇場版「イノセンス」で、手榴弾に殺されかけたトグサが「自分の妻と娘の姿が脳裏に浮かんだ」というと、バドー「気を付けな、そいつらは死神だ」という――ちょっと理屈が掴みかねますが。その他、グインサーガという小説では主人公グインのトラウマとなる人物が自分を責め立てる、自分の心を鏡映しにした罠。
小説にして映画化もされている「1984」では、これは具体的な調査の上での拷問でしょう。どうやって調べたのか自分だけが苦手なネズミで根を上げさせたり。
「鬼滅の刃」などでも最終的には自分のトラウマと対峙することはよくありますが、故意に仕掛けられる場合もあれば、見るもの触れるもの全て自分のトラウマを連想し恐怖する場合も有り、前述3つの異変を説明するとしたら、そういうことかもしれません。よくある言い回し、「自分との戦い」と言ってしまうと、ちょっとチープになっちゃうんですけどね。
映画に何を求めるかで評価が変わりそう
元のストーリーがあるわけではない単調なゲームから、よくここまでストーリーを作りあげ、映画的なエンタメ性を組み込んだなと、監督の発想力がすごいと思った。
始終不気味な雰囲気を視覚的にも聴覚的にも感じさせ、地下鉄通路という閉塞感と、主人公が喘息もちという設定からの息苦しさで、見ているこちら側も呼吸が浅くなり息苦しさを感じる。この没入感はとてもおもしろい。
しかし映画が進むにつれて、主人公はどんどん焦ってパニックになったり、無気力になったりしていくのに対して、見ている自分はどんどんハラハラ感が薄まり、息苦しさも無くなり、むしろ変わらない環境に慣れてしまい冷静になっていってしまった。なんなら、わかりやすい異変なのにも関わらず、鈍感に動く主人公たちにモヤモヤしてしまった。
メッセージ性もわかる。主人公の人生の迷いを無限の地下鉄通路と合わさっているのもわかる。
しかし私は主人公の悩みがどうも個人的に共感ができなかった。共感できる人も多いとは思うけど、あの彼女との短い電話のやりとりだけでは、主人公の悩みや葛藤に寄り添って見ることができなかった。なんだかすごく男性的な視点だなと感じてしまった。
全体的にシチュエーションパニックに少し繊細さとドラマチックさをを入れましたみたいな感じなのだが、なんとなく日本より海外の方がウケが良さそうな作品だと思う。
ゲームが人気なこともあり、小さな子供たちも何人も見にきていたけれど、一応ジャンルはホラーなので、大きな音や、驚かしてくる系が苦手な方、途中津波の描写もあるので津波にトラウマがある方は注意が必要。
また冒頭は主人公の視界で進むので、三半規管が弱い人は見ていて多少酔ってしまうかも。
ゲームから広げた世界観という点は大変興味深くおもしろいと思ったけれど、ゲームからということがなかったら映画的には面白かったかと考えると今ひとつという、評価がなかなか難しい作品だった。
日常に潜む“異常”を歩く。心理を抉る90分🎬
見慣れた街の風景に、ひとつだけ違う“何か”がある。その違和感は、歩を進めるほどに膨らみ、やがて世界そのものが崩れ始める。
本作品は派手な恐怖ではなく、心理をえぐる静かな狂気に満ちている。まるで都市伝説のような不気味さに、最後まで目が離せない。
SNSで広がった“間違い探し”の感覚が、ここまで映画的に仕上がるとは正直驚き🧐
最後には、登場人物が逃れられない状況に追い込まれるシーンで息が詰まる😱
伏線の配置と不安の演出が見事としか言いようがない👏
いやはや、川村元気作品は、受け取る側に“人生観や人間心理への覚悟”を少し要求してくるのも面白い🤫
音響、カメラワーク、エンドロールまで、違和感に満ちた徹底ぶりも是非お見逃しなく。
見応えのある一本を、是非映画館で♪
深呼吸をお忘れなくね🤫
明るい画面のホラー
明るいホラー映画だった。アリ・アスター監督の『ミッドサマー』も明るいホラー映画だったことを思い出した。あれは、青空の太陽の下で異様な奇祭が繰り広げられる内容だったが、こちらは明るいLEDライトの下で心理の迷宮に迷い込む作品として作られている。(主要なレファレンスになっているであろうキューブリックの『シャイニング』もその名の通り明るいホラーだった)
舞台となる地下通路のセットも綺麗だ。不自然なほどに。使用感がないというか、開通してまもない地下通路のようだ。
典型的なホラー映画なら、セットをもっと汚しをいれて、古ぼけた感じを出して、電球も切れかかってたりして、恐ろしい雰囲気を出そうとするパターンが多いけど、本作の作り方はその真逆。しかし、くっきりと何もかも見えているはずなのに、出口は一向に見えてこないことの恐怖がある。異変探しに観客を参加させるために明るいという理由もあるだろう(原作ゲームも明るいし)。
キャラクターの匿名性も作品の面白さに一役買っている。固有の名前を持たない本作のキャラクター、必要以上に描かれないバックグラウンド、その方が現代の観客が自分を投影しやすいと考えたかもしれない。
二宮和也だからもっている映画?映画館で観なくてもよい映画
ゲームは未経験。
二宮和也の喘息の演技は、こちらが苦しくなる程。ただこの設定いる?
病弱な?自分が子供を持つのは不安ってこと?
全ては子供を持つことの不安に打ち克つ為の試練?ってこと?
伏線があるようなないような…。
浅いのか深いのかよくわからない内容。
大ヒットしたのがなぜか首を傾げる。
しかし二宮和也の演技は良かった。
ゲームを短時間の映画にまとめたのは評価できる。
ボレロもソロから多重奏になっていく楽曲。
一人の人生から三人への人生になっていくことを暗示しているのかな?
シンプルで普遍的な物語。永遠のテーマ
決断できず揺蕩うていた主人公が一歩踏み出すまでを描いた綺麗なお話し。
可愛い。楽しく観た。
難:彼女の予想外の妊娠に対してYESもNOも言えない、派遣労働で暮らしている心も体も軟弱な男性…の恋人があれほどすっきりと美しいのはどうも妙。主人公にはリアルな生活感を感じるのに、女性はまるで女神のよう。
親子三人で海辺で遊ぶシーンは中流家庭の旅行シーンのように見える。彼女のお洋服はあまりお安くはないね?どこかで待遇の良い企業に就職できたのかな?もちろん正職ね? それとも全てが夢なのかな。
ゲームの実写化としては良かった
普通に面白かったけど考察の余地は無いと思う。
当時話題になっていたものの何となくスルーした映画。
アマプラにあったので一年越しで鑑賞。
なんか考察の余地が〜とかわかりにくい〜とか説明不足〜とかそんな感想ばかりだが、正直言って滅茶苦茶わかりやすいし考察の余地なんかほとんど無いストーリー。
これがわかりにくいなら世のミステリー映画どれ観ても意味不明以外の感想が出てこないだろう。
ショート動画だのに脳みそ焼かれて考える事拒否してる阿呆しか居ないのだろうか?それとも言葉で説明されなければ何一つ読み取れない?
いずれにせよこの手の感想をあげる人らはあまりフィクションを観るのに向いていないor慣れていないのだろう。
まあ愚痴は置いておいて、内容としては普通に面白かった。
特に喘息発作を不安と結びつけ、いちいち説明せずとも焦燥を表現するのはユニークだが効果的な演出だと思う。
閉鎖的な舞台にも関わらず説明口調の独り言をベラベラ喋るようなら緊張感も何もあったもんじゃないのでこの辺は見事。
欲を言えばもう少し異変のバリエーションが欲しかったか。
インディーゲームが映画になるという面白い着想の映画
インディーゲームが映画になるという面白い着想の映画。
あのゲームが、映画になるという事に驚きだった。しかも、主演は二宮和也。
ループするだけの内容にどうなるか興味あって、良い意味で驚きはあって、変に引き伸ばしはせず、短い時間にキレイにまとめてるなと思った。
面白いかって、聞かれると大人にはどうなんだろうかと思うけど、流行の中での学生には十分面白いでしょう。
ラストシーンを観て、実はループは最初から始まってたというはオチは、個人的に面白くて好き。
古さと普遍性と
「8番出口」
ゲームを原作にした作品だからなのだろう
異変を探し、正しければ進み、間違えれば戻る
その繰り返しは、ゲームとしては明快だが、映画として観ると、どうしても一つの疑問が残る
なぜ、こんなことが起きているのか
私は、この問いを考えたとき、この物語は迷う男の頭の中で起きていたのではないように思えてきた
なぜなら、歩く男にも物語があるからだ
彼にも子どもがいる
彼もまた少年と出会い、少年の手を引いて歩く
しかし最後には少年を突き飛ばし、「オレは悪くない」と言って、一人で出口へ向かう
そして彼は、NPCになる
NPCとは、ゲームの中にいる人物のことだ
しかしこの作品では、それ以上の意味を持っているように思う
自分の行動を自分のものとして引き受けなくなった人間
「俺には関係ない」と言い続けることで、自分自身の人生から離れてしまった人間
それがNPCなのかもしれない
だから、歩く男は単なる主人公の幻影ではない
彼自身の人生を持った、一人の人間なのだろう
そして、その世界に少年がいる
少年はまだ生まれていない
それなのに、そこには確かに存在している
神が人間を試しているわけではない
けれど、まだ生まれていない存在なら、霊的なところから人間に介入することがあってもいいのではないか
私は、この出来事を仕掛けたのは少年なのではないかと思う
少年が知りたいのは、父親が自分を受け入れるかどうか
そのために、似たような境遇の人間たちを集めたのではないか
歩く男もそうだ
彼にはすでに子どもがいる
けれど、その子どもを突き飛ばしてしまう
一方、主人公はまだ父親ではない
元カノから妊娠を告げられ、どうするのかを迷っている
そして少年は、そんな彼の前に現れる
「ここを出たら何したい?」
そう聞かれて、少年は「ピザが食べたい」と答える
大げさな願いではない
ただ、生まれたらピザを食べたい
それは、まだ生まれていない少年が持つ、ごく普通の未来なのだろう
そして、この作品にはもう一つの未来がある
浜辺で遊ぶ、父親と母親と子ども
三人の姿だ
それは『クリスマス・キャロル』を思わせる
スクルージは、自分の過去と現在、そして未来を見せられる
その未来を見て、人生を変える
「8番出口」でも、主人公は一つの未来だけを見ているわけではない
歩く男のように、子どもがいても父親になれない未来
そして、浜辺で子どもと遊ぶ、普通の父親になる未来
その二つが、同じ世界の中に置かれている
どちらも主人公の未来なのかもしれない
そして主人公は、その間で迷っている
だから「迷う男」なのだろう
しかし最後に、最初と同じ電車に戻ったとき、同じ光景が繰り返される
泣いている赤子
それを「うるさい」と責める男
そして、それを見ている乗客たち
最初の主人公なら、何もしなかった
自分には関係がないからだ
けれど今度は違う
主人公は、その男に詰め寄ろうとする
ここで主人公が「人間として成長した」と考えると、少し違うように思う
彼は、ただ父親になることを決めたのだ
父親になるということは、子どもを守ること
うるさいと責める人間から、子どもを守ること
それだけなのだろう
だから最後の行動は、とても小さい
世界を救うわけでもない
社会を変えるわけでもない
ただ、泣いている子どもを守ろうとする
けれど、その小さな一歩こそが、この無限ループから抜け出すための一歩だったのではないか
「8」を横にすれば、∞になる
同じ場所を繰り返す
同じことを見て、同じように無視する
それは人生にもあるのかもしれない
自分には関係ない
自分は悪くない
そうやって目の前の異変を見なかったことにしていけば、人間はいつまでも同じ場所を歩き続ける
そして、やがてNPCになる
けれど、迷っている人間には、まだ選択肢がある
迷うということは、まだ何かを感じているということだから
主人公は最後に、その迷いを終わらせた
父親になる
子どもを守る
その選択をした
もしかすると、少年が求めていたのも、それだけだったのかもしれない
自分を産んでくれる母親だけではなく、
自分を守ってくれる父親がいること
そう考えると、「8番出口」という名前も少し違って見えてくる
出口とは、地下道から外へ出ることではない
人生の中で、同じところを繰り返してしまう自分から出ること
そして、その出口を見つけたのは主人公ではなく、
まだ生まれていない少年だったのかもしれない
少年は、父親を探していた
そして主人公は、その問いにようやく答えた
だから物語は、そこで終わる
父親になるという、とても小さな決断をしたところで
それで十分なのだと思う
『案ずるより産むが易し』って言葉があってね
まさかこういうテーマで話が進むとは思いもせず。
ホラーだっていうから怪異満載できゃーきゃー言わせるのかと思ったのにな。
閉塞感はあったものの、恐怖感は…無かったな。
会話が聞き取りにくくて、背景を掴み損ねている部分多数。歳のせいもあるんだろうけど、雑踏の中の小さな声とか聞き取るのが辛い。さすがにこれ以上ボリューム上げたくないのでマイナス部分としてカウントさせてもらいました。
あと、CG雑。それが変異で違和感だって言われたら黙るしかないけど。
以下、雑感
・大人にとっては、あの無限回廊から出られないのが絶望。子供にとっては、大人に顧みられない(無視される)事が絶望。
“迷う男”と“少年”が、お互いの不足を補いながらあの結末を迎えた事を素直に喜びたい。
・子供出ると涙腺緩む…ズルいなあ。
“歩く男”とも“迷う男”とも出会えたのが“少年”を絶望させるためだとしたら、心を殺しにかかるとんでもない無限回廊だよ…
・おばちゃんはね、手を取り合って…とは言わないまでも、お互いに喜び合う描写が欲しかったんだよ。独りで残骸の中を歩いていくのは、最後の最後でやるせない。
・時間すら巻き戻った電車の中で、男の罵声と赤ん坊の泣き声。涙目になった“迷う男”の涙の意味がね、ちょいと掴みきれなかった。
・おじさん(歩く男)にもドラマがあるとは。
女子高校生怖!演技凄!
・あの無限回廊に囚われる理由は人それぞれなんだろう。そこまではなんとなく想像できるんだけど、その問題を解消するための出会いがあるなら、誰のシナリオに沿って導かれるんだろう。神の掌なんですかね、無限回廊は。
解消し損ねた“歩く男”や“女子高校生”の現実世界を突っ込むのは野暮か…。
眠い
『8番出口』映画化は成功。でも、あの迷宮にあったのは「怖い」だけじゃない。
ゲームや漫画を原作にした邦画って、映画になると微妙な仕上がりになりそうで、
正直ちょっと不安だったんですよね。でも、今回は成功だったのではないでしょうか?
まず、この映画を観るうえで、ゲームをプレイしている必要はないと思います。
原作は、異変を見つけて進むか引き返すかを判断する、いわば間違い探しのゲーム。
明確なストーリーがないところに、うまくシナリオを乗せて、
一本の映画として成立させた。ここは大きいと思いました。
ゲームでは、特に物語上の意味を意識せず驚いていた表現が、
映画では主人公の心理描写に関わってくる。
『8番出口』という箱に、ちゃんと中身が埋まっていく感じがあるんですよね。
これが、ゲーム好きにも映画好きにも届く理由なのかなと思いました。
主人公が直面する変化や、その変化を前に頭の中がぐるぐるする感覚。
それを、出口の見えない空虚な地下通路に落とし込んでいる。
心理描写を説明だけで済ませず、空間として画面に見せるところは良かったです。
ただ、ゲームをやったことがある人には伝わると思うんですが、
このゲームって、そんなに親切じゃないんですよ。
最初から手取り足取り教えてくれるわけではないから、
初めて「0」から「1」に変わったときさえ、「これも異変かな?」と引き返したくなる。
異変がないと思って進んだのに、見落としていて「0」に戻される失望感。
「こんな小さい異変、よく見つけた!」という喜び。
ポスターの時給が変わるかもしれないけど「そんなの分かんないよ!」となる苛立ち。
異変とわかっていてもどうなるんだろうという好奇心。
あの通路には、怖さだけじゃなくて、困惑も失望も喜びも苛立ちもあったんですよね。
その細かい感情を、映画では「怖い」にまとめてしまったように感じたのは、
少しもったいなかったです。
もちろん、そこまで拾うとコメディっぽくなる場面も出てくるだろうし、
映画のトーンを考えると難しいのかもしれません。
それでも、あの理不尽な状況を意外とすんなり受け入れてしまう登場人物たちには、
ちょっと引っかかりました。もしかして、あの人たちそのものが「異変」だったのでしょうか?
映画の作りとしては、余計な登場人物を増やさず、
二宮和也のほぼ一人芝居で十分に画を持たせているところも良かったです。
だからこそ、怖がる姿以外にも、もっといろんな感情を観てみたかったですね。
尺もサクッと観られる印象で、限られた空間と少ない登場人物で
一本を成立させる作りは、邦画としても挑戦的に感じました。
一方で、映像や空間の魅力は、
原作ゲームの作り込みに支えられている部分も大きいと思います。
大画面で観なければ、という感覚はそこまでありませんでした。
『バックルーム』にしろ『8番出口』にしろ、
若いクリエイターが生み出した世界が評価されて、映画になり、
収益にもつながっていくのは良いことだと思います。
原作ならではのプレイヤー側の感情をもう少し観たかった、という惜しさはあります。
でも、ストーリーのないゲームから、映画として観る意味を作った。
その挑戦は、これからも応援していきたいですね。
評価項目:点数
理由
映画館での体験価値:3/5
大画面でなくても楽しめると思う。
シナリオ:4/5
オリジナルのシナリオが良かった!
キャスト:4/5
ほぼ一人芝居で成立させているのはすごい。ただ、もっといろんな感情が観たかった。
尺、編集:5/5
サクッと観られた印象。
映像、音楽:3/5
原作ゲームの作り込みに支えられている部分が大きい。
おすすめ度:3/5
聞かれたら「面白い」と答えるくらい。
総合評価:★3.7/5
合計22点/30点(6項目の平均)
#8番出口 #映画レビュー #ゲーム原作 #二宮和也 #心理描写
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