「至福のエンドロール」雪風 YUKIKAZE だるちゃさんの映画レビュー(感想・評価)
至福のエンドロール
駆逐艦雪風の事は以前から知っていました。
また、これをリスペクトした戦闘妖精雪風というハードSF小説の金字塔やアニメも大好きです。
しかし、まさかこの艦艇を主役に据えた実写映画が作られるとは予想だにしていませんでした。
ミッドウェイ、マリアナ、レイテ等、名前を聞くだけで背筋が凍りつくような激烈な負け戦さの殆どに参加しながらも、終戦まで生還し続け、終戦後は外地に取り残された兵隊を帰国させるために尽力した奇跡の艦艇です。
日本で作られる戦争映画といえば、どうしても戦意高揚を狙った右寄りなものや、逆に戦争の悲惨さを前面に出した左寄りの内容が多い中で、本作はまさにど真ん中の中道を貫いた、穏やかな戦争映画であると感じました。
海戦ものですので、当然ながら戦闘シーンはありますし、戦死する兵隊の描写もあります。
しかし、CGを駆使したアクションシーンに注力するよりは、乗組員の人生観や人命救助等のドラマ部分に焦点が当てられており、左右どちらにも偏ることのない、普遍的な人間性を訴える姿勢に共感しました。
史実なのか創作なのかは判りませんが、過酷な戦闘状況下であるにも関わらず、登場人物の殆どが無謀な上層部の方針に異を唱え、人道的な行動を貫いている点や、アメリカと戦っているにも関わらず、以前に観たアメリカ映画を賞賛する点など、鬼畜米英が叫ばれていた時代における、最前線にいる方のブレない価値観にも共感しました。
また、漂流する敵兵を見逃すシーンがありましたが、史実としても、撃沈した英国艦艇にの英兵422名を救助し、正々堂々と勇敢に戦った兵士を来賓として迎えた、駆逐艦雷の工藤俊作艦長のエピソードもあります。
最前線では武士道精神に則った交流が実践されていたのだとすれば、少しながらも爽やかな気持ちになりました。
その点においては、戦争映画の体裁を取りつつも、思想的には現代のスポーツマンシップにも通じる、人道的な印象を受けました。
余談ですが、ゴジラ-1.0の海神作戦で活躍する雪風の艦長役で登場し、「衝撃に備えよ!」という名台詞で有名になった俳優の田中美央さんが、本作では艦艇と命運を共にする大和艦長役を演じておられ、クスッとなりました。
全編を通じて流れているのは、どんな過酷な状況に置かれたとしても、個々が最優先すべき人生の指針は、軍部上層が一方的に決定した命令ではなく、己が良しとして信じる価値観が最優先されているという点において、戦争映画というよりは、現代の価値観にも通じる、海猿やMER等のレスキュー映画に近いと感じました。
そして、一番印象的だったのはエンドロールです。
劇場の灯りが点くまで席を立たないで下さい。
映画の登場人物にも重なる歌詞の、Uruさんの優しい歌声が流れた後のエンドロール数分間は、今まで観た映画のどれにも当てはまらない、根源的な演出だったと思います。
アメコミヒーロー映画みたいに、エンドロール終了後にオマケ映像が挿入されるという陳腐な仕掛けはありませんが、本作のエンドロールの数分間は、観客がそれぞれ歩んだ人生を振り返る思索のひとときになると思います。
