「事実に基づく物語」「桐島です」 Dickさんの映画レビュー(感想・評価)
事実に基づく物語
❶相性:上。
★冒頭に「事実に基づく物語」。
❷時代(登場する文書やテロップや会話等の日付から):
1974年~2024年。
❸舞台:東京&神奈川。
❹主な登場人物
★主な人物名がテロップで示されるので分かり易い。
①桐島聡(きりしま・さとし)/内田洋〔実在〕(毎熊克哉):主人公。1954年生れ。東アジア反日武装戦線「さそり」のメンバー。1974~75年にかけて起きた連続企業爆破事件で指名手配されながら、名前を内田に変え、別人として逃げ続け、49年にわたる逃亡生活の末に2024年に70歳で病死する。
②宇賀神寿一(うがじん・ひさいち)〔実在〕(奥野瑛太):桐島の大学の先輩で「さそり」のメンバー。1952年生れ。桐島と共に逃走するが1982年に逮捕され、懲役18年となる。2003年出所。2024年、霧島の死を知り、追悼文を書く。「桐島のやさしさが多くの人に親しまれていたのだろう。あるがままに生きた桐島に公安警察は負けたのだ、ということを多くの人が知ってしまった。桐島は警察に勝ったのだ」。
③大道寺将司〔実在〕(宇乃徹):東アジア反日武装戦線「狼」のリーダー。爆破事件で1975年に逮捕。2017年獄中で病死。
④斎藤和〔実在〕(長村航希):東アジア反日武装戦線「大地の牙」のリーダー。爆破事件で1975年に逮捕。自殺。
⑤黒川芳正〔実在〕(伊藤佳載):東アジア反日武装戦線「さそり」のリーダー。爆破事件で1975年に逮捕。無期懲役。
⑥小林(山中聡):逃亡中の桐島を雇い入れる工務店の社長。
⑦美恵子(影山祐子):小林工務店の事務員。
⑧金田(テイ龍進):小林工務店の先輩社員。
⑨新井(嶺豪一):小林工務店の後輩社員、在日。
⑩たけし(和田庵):小林工務店の後輩社員、中卒
⑪隣の男(甲本雅裕):桐山が住むアパートの隣人。いかがわしい仕事がバレて逮捕される。
⑫番台のおばあちゃん(白川和子):桐山が通う銭湯の番台。
⑬キーナ(北香那 きた・かな):桐山が通うライブハウスの歌手。持ち歌は河島英五の「時代おくれ」。桐山にギターを教えて相思相愛となる。
⑭ケンタ(原田喧太):桐山が通うライブハウスの店主。
⑮AYA(高橋惠子):ラストに登場する、中東でゲリラ活動をしている日本人女性。「桐島君、お疲れ様」とつぶやく。
⑯その他
ⓐヨーコ(海空):桐島の大学時代の恋人。バーブラ・ストライサンドとロバート・レッドフォードの『追憶(1973)』を一緒に観て、霧島が学生運動を熱弁したのに対し、ヨーコは「桐島君、時代遅れだよ」といなす。
ⓑ刑事(下元史朗):隣人を逮捕する刑事。
ⓒラマザン(秋庭賢二):建設現場のクルド人労働者。
ⓓ大倉(安藤瞳):湘南総合病院の看護師。
❺考察1:全般
①2024年1月、末期がんで緊急入院した桐島聡は、本名以外、何も明らかにせずに亡くなったので、犯行動機や逃亡理由は不明のままになっている。
②冒頭に「事実に基づく物語」とあるが、正確には逃亡中の49年間の出来事は、作り手の推定である。しかし、クレジットの最後に多数の文献リストが示されていることから、「事実に近いフィクション」になっていると思われる。
★本作では、2017年9月に桐島と宇賀神が個別に宇賀神社訪れ、橋ですれ違うが、お互い気付かないまま終わるシーンがある。これはフィクションと思われる。1975年、指名手配された桐島と宇賀神は、宇賀神社で9月に会おうと約束したが、爆弾事件の為、この約束は守られず、その後2人は生涯会うことはなかった。宇賀神は2003年に出所したが、霧島はその事実を2017年に大道寺の著作を読んで初めて知った。
❻考察2:足立正生による解釈
①3月に公開された『逃走(2025)』(監督・脚本:足立正生、主演:古舘寛治、杉田雷麟)【以下A作と言う】は、入院中の霧島が、もうろうとした意識の中で、これまでの自分の行動を回顧する形式で構成されている。それは、重信房子と共に日本赤軍を創設した経歴を持つ足立正生監督が、霧島の立場を推定した内容になっている。
②足立正生による解釈は次の2点に要約される。
ⓐ桐島が49年間も逃亡し続けたのは、「逃亡することが彼の闘いである」と考えていたことによる。
ⓑそして、最後に身元を明かしたのは、それが、「自決したり、投獄されたり、生き残ったりした仲間たち」に向けてのメッセージであり、勝利宣言だったのだ。霧島は、自分の信念に忠実に従い、自分に勝利したのだ。
❼考察3:高橋伴明と梶原阿貴による解釈
①本作【以下B作と言う】では、霧島の行動が時系列に従って描かれる。中でも20代~30代が重点になっている。
ⓐ1960年代までの高度経済成長が終わり、1970年代には社会不安が増大した。オイルショックによる狂乱物価、不況、健康・公害問題、反戦運動、赤軍派によるハイジャック事件等々。
ⓑ大学生だった桐島は、労働者を搾取する巨大企業を憎み、武力闘争で打ち砕こうする「東アジア反日武装戦線」の活動に共鳴し、「さそり」の一員として行動する。
ⓒしかし、一連の連続企業爆破事件で犠牲者を出したことで、深い葛藤を抱える。
ⓓ組織は警察当局によって壊滅状態になり、指名手配された桐島は偽名を使って単身逃亡する。
ⓔやがて工務店での住み込みの職を得る。
ⓕようやく手にした穏やかな生活の中で、行きつけのライブハウスで知り合った歌手キーナの歌、河島英五の「時代おくれ」に心を動かされ相思相愛となる。しかし、キーナから愛を告白されると、霧島は、自分ではキーナを幸せに出来ないと、自ら身を引いて涙するのだった。
ⓖ時は流れて、2024年、体調不良で倒れた霧島は、病院に運ばれる。余命いくばくもない桐島がそこで名乗ったのがタイトルの「桐島です」。
ⓗそれから3日後、霧島は何も語らずに死去した。享年70歳。
②監督と共同脚本を担った高橋伴明と梶原阿貴による解釈では、桐島は、不正を憎み、弱者を守る、正義感が強く、思いやりのある人だった。
ⓐアパートの階段が壊れていれば、自発的に修理する。
ⓑ外国人労働者を差別視する後輩を、注意出来ない自分にやり場のない怒りをぶつける。
ⓒ安部首相が集団的自衛権の行使を語るTVを見て、画面にコップを投げつける。
ⓓ相思相愛となったキーナとは、自分では幸せに出来ないと、自ら身を引く。
ⓔメタボ検診を相談された社員に、「政府と企業の金儲けのためのもの」と忠告する。
③工務店で定職を得てからは、穏やかで規則正しい生活をし、友だちも恋人も出来た。なかったのは、住民票、保険証、免許証だけである。
④写真入りの指名手配ポスターが出回っている中で、人目をはばかり、ひっそり暮らすのではなく、都会の社会に溶け込んで、何十年も普通の生活が出来たのは、霧島の優しく穏やかな人間性によるものと思われる。そんな桐島でも、いつでも逃げられるように部屋の窓際には靴と身の回り品を置いていた。
⑤桐島の逃亡理由
ⓐ桐島が「49年間も逃亡し続けた理由」は、「コミュニティに溶け込んで共存出来た」ことが最大の理由だと思う。
彼を雇ってくれた工務店の社長と社員たち、行きつけのライブハウスの店主やバンドマンたち、銭湯の番台のお婆ちゃん、こういった人たちと良好な人間関係を築くことが出来ていたのだ。
★河島英五の「時代おくれ」の歌詞は、霧島の生き様と重なっている。
「昔の友には やさしくて 変わらぬ友と 信じ込み あれこれ仕事も あるくせに 自分のことは後にする ねたまぬように あせらぬように 飾った世界に流されず 好きな誰かを思いつづける 時代おくれの男になりたい 目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬことは無理をせず 人の心を見つめつづける 時代おくれの男になりたい」
ⓑもう一つの、「最後に身元を明かした理由」は、盟友の宇賀神が追悼文で述べているように、「桐島が警察に勝ったという自負があった」ためだと思う。病気さえなければ、霧島の逃亡生活は、誰にも邪魔されなかっただろう。桐島に後悔はなかったと思う。
ⓒ最後にAYAが行った「桐島君、お疲れ様」は、霧島への勲章だと思う。
⑥A作とB作とでは、A作の方が事実に近いと思う。
❽まとめ
本作は、自分の信念を貫いた霧島の青春物語である。
日本を平等な社会に変えようと武力闘争に走った霧島の夢はかなわなかったが、志を受け止めた人は少なくないと思う。
霧島の行動は決して容認出来ないが、その志には共感する面がある。
