「軍事政権の闇と陰」アイム・スティル・ヒア ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)
軍事政権の闇と陰
『コスタ=ガヴラス』の〔ミッシング (1982年)〕の舞台は
1973年のチリ。
軍事クーデターの最中にアメリカ人男性が突然失踪。
彼の妻と父親が行方を探すが
消息は杳として知れず、
事件の背景にはアメリカ政府の思惑も隠れている、との
実話を基にした映画化。
〔Z(1969年)〕〔告白(1970年)〕〔戒厳令(1972年)〕の「三部作」に引き続き、
社会の暗部に家族間の葛藤を人間ドラマとして絡めた秀作だった。
そして本作の舞台は1971年の軍事政権下のブラジル。
軍による自宅の強制捜査ののち、
連行された夫が行方不明となる。
地域も年代も近似のシチュエーション。
こちらも事実を基にした映画ながら、
その後の展開は大きく異なる。
妻と次女も同時に拘束され、
次女は間もなく、妻は十日を経て解放されるも、
夫の消息は知れぬまま。
証拠を集め法的な手続きを取っても
公権からは知らぬ存ぜぬの反応で一向に埒が明かない。
裕福だった家庭は次第に困窮、
母子六人は家作を売却し糊塗を凌ぐ。
月日はいたずらに過ぎて行く。
夫の生死さえ判らぬまま。
冒頭の家族七人と知己による
豊かで平和な生活描写がなまじ眩しいだけに、
その落差を余計に感じてしまう。
繰り返し描かれて来た
軍政下の悲劇あるある。
直近のアジア、アフリカ、中南米でも
同様の惨事が繰り返されていることだろう。
一方で1970年代のブラジルでは
年率10%超える経済発展が続き
「ブラジルの奇跡」と称された事実もある。
これを以って「良いこともしていたのだ」との
ありがちな意見が出されるが、論理のすり替え。
無辜の民に犠牲を強いることなく
発展させるのが本来の政治のありようで、
恐怖政治を併存させるのは別問題。
主人公は軍事政権の欺瞞を暴き
夫の失踪の真相を知るため
不屈の精神で闘いを続ける。
それに要した年月は幾星霜。
加えて事実が判明しても、往時の関係者に
追及が及ぶことはない。
物語りは南国らしい陽光のもと、
当の家族以外は、何の憂いもなく日常が過ぎて行く。
しかし人々の根底には、
いつ自分たちも当事者になるかもしれぬとの怖れがある。
経済的に満たされても、
そうした社会は本当に幸福なのか。
