「映像・ストーリーともに日本アニメの最高峰」劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来 ざるさんの映画レビュー(感想・評価)
映像・ストーリーともに日本アニメの最高峰
アニメ史上最高レベルの圧倒的な映像だけでも観る価値はありました。
各所で行われている戦闘が細切れになっている点も、同時進行である事の強調と、同じシーンが続いてダレる事の懸念、緊張と弛緩を分散し後半にピークを持ってくる為のものでしょう。
また童磨との戦いは次回を盛り上げる為の引きであり、前作ラストを盛り上げた猗窩座と同様で、恐らく次回は黒死牟が同じ役割を担うのかなと思います。
強いて言うなら、たびたび出る産屋敷家やカラスも頑張ってます的なシーンはあそこまで必要だったかという位で、確かに長かったものの退屈する事は殆どありませんでしたし、小さい子供や前作までを忘れてしまっている観客への配慮から説明的なシーンが多いのは仕方が無かったのだろうと納得しています。
TV版で地味に倒されてしまっている玉壺や半天狗の人間時代は感情移入できるものでは無く、劇場でやらなくて正解。
それに比べて猗窩座の過去は、上弦の鬼の中でもトップクラスに良いエピソード。
大切なものを守る狛犬に由来する名前を持ちながら、二度までも守る事が出来なかった自分自身の弱さへの後悔や怒りから、人間であるうちに既に心は鬼になってしまう。
そして無惨への恐怖にも負け、身体までも鬼に成り下がってしまうが、人間時代の記憶を無くしてもなお、弱さを憎み、強さに固執してしまう部分だけが残るという悲しさ。
しかし最後には、見苦しく生き残るより、弱さ・負けを認めて自ら死を選ぶという人間らしさ・心の強さを見せて散る。
悲しい生涯だったけど、最後の最後で狛治、頑張ったね、という。
前作での煉獄さんの最後まで柱としての使命を全うして、頑張ったと母親に褒めて貰いたい、という気持ちに繋がる部分です。
この部分が伝わっていないと、急に出てきた敵の悲しい過去を見せられても共感できない、みたいな感想になるのだろうと思います。
ただ誰かが死んだから悲しい、泣ける、みたいな単純な話だと誤解している人が多い様に感じられたのでレビューしました。
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