パレードのレビュー・感想・評価
全81件中、1~20件目を表示
朝日座ロケが効いている
未練を残して死んだ人間が「その先」に行くことができずに亡霊のようにさまよっているという設定で震災を描く点で、『天間(てんま)荘の三姉妹』にも近い作品。あるいは是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』を思い出す人もいるかもしれない。こういう生の世界と死の世界の狭間という感覚は日本以外にどれくらいあるんだろうか。あまり西洋的な感覚じゃないのかもしれないとふと思った。
この作品では、子ども一人を残して震災で命を落としたシングルマザーが主人公で、他に様々な理由で未練を残した人々とのやり取りを描く。リリー・フランキー演じる男は映画プロデューサーで、未完成の作品を完成させるというエピソードが出てくるのだが、亡霊と「映画という虚構的なあわい」の親和性を活かしていて、主人公のエピソードよりも全体の中で光っている。それは全体としてバランス的にどうなのかという気もするのだが、気持ちのいい作風なので良いかな。
福島県南相馬市にある朝日座でロケをしているのだが、これが大変良い効果をあげている。かつての生者たちがかつて映画館だった場所につどい、映画という虚構を見つめる。このシーンはなかなか味がある。震災後に朝日座を訪れたことがあるのだが、「ニュー・シネマ・パラダイス」のような「夢の跡」を感じさせる場所だった。本作のロケ地にピッタリだと思う。
津波で命を落とした美奈子。彼女は死者が集まる不思議な集落に行く。そ...
津波で命を落とした美奈子。彼女は死者が集まる不思議な集落に行く。そこにいる人達はこの世に未練があり、その先に行けないのだった。
それぞれのエピソードが丁寧に描かれていました。映像もきれいで見やすく、温かな世界観を堪能出来ました。
亡き人の想い
人の悲しみや死を道具として扱ってる感じ
俳優陣豪華でエキストラを大量に使って
演出もお金掛けていそうなのに、
作り物の感動ストーリーはいどうぞ
されてるみたいで不快だった
特に311を感動の小道具扱いしてるところに嫌悪感を抱いた
「コーヒーが冷めないうちに」のような
整合性はおざなりだが
別れや不可逆による喪失により場面的に
感情が振るわせられるような涙を誘うストーリーで
感動できる人に向いてそうな作品
現世に悔いを残した人が集まって暮らす遊園地跡地
現世に悔いを残した人は未練がなくなれば成仏する
しかし未練がなくなっても成仏しない選択肢もあるし
完全に死んでなくとも死の狭間だと来られる世界
月1、亡くなった人を探すパレードが開催される
ただ列に沿って歩いているだけで
何を持って"探す"なのか分からないし、
生きている人との間の未練を抱える人がこれに参加することにどんな意義や効果があるのかは分からないが
全てに反発的だった長澤まさみは
このパレードに参加してなぜか心の棘が抜けて
死者のみんなと仲良しになり状況を受け入れた
(死者が再開し成仏する姿に感化され、自分が死んだことや、死してもなお現世と繋がれる場所にいられることなどに思いを馳せ、死者として気持ちや状況の整理をする時間となっているのだとも考えられるが、タイトルとするほどのしっかりした設定は無さそうなところ、実際わかりやすく描かれるわけではないところに作品としての魅力の無さを覚えた)
死者はどこにでも行けるし
現世の物や生きている者にも触れられる
だから長澤まさみは自分の息子を抱きしめ
声まで届けられる、はっぴーだね
最終的に自殺未遂で死にかけた少女が死者たちと交流し
その記憶と思いを現世で映像作品とし
死者の遺族たちと繋がり
みんなの想いは繋がれていく、生きる者と共に、
みたいな感じの終わり
正直その程度の心残りで成仏できないとか言い出したら
大概の人は成仏できないのでは…?くらい
それぞれの設定に浅さを覚えるし
そこに対する心の訴えや葛藤も表に出てこず弱い
だから感動ストーリーおままごとに見える
同じ題材・あらすじだとしても
脚本演出が別の人ならもっと良い作品になっただろうな
と思うのでとてももったいなさが残った
最後15分
最後に温かい気持ちになれる映画
藤井道人監督、キャストが、長澤まさみ、坂口健太郎、リリー・フランキー、横浜流星、寺島しのぶ、森七菜といった、わくわくするような布陣の映画で、東日本大震災と思われる震災の後の街を舞台にしています。
とてつもなく会いたい人やこの世にやり残したことがある人たちが、死後にまっすぐその先の世界に行けないで、その途中の世界にとどまり、新月の夜に皆で会いたい人を探すために一緒に歩くということが、『パレード』という題名になっています。
先の世界に行けない人が集まっている世界というのは、わりとありがちな発想かと思いますが、その人たちのコミュニティでの、仲間としての心の交流を描いているのは新鮮に思いました。
ただ、生きている人たちとのコンタクトがとれないにもかかわらず、その世界の物質的なものにはアクセスできるのはなぜか、長澤まさみ演じる美奈子が、生きている息子の良(りょう)とコンタクトがとれるのはどうして、など論理的に考えるといろいろ疑問がわいてきます。
とはいえ、最後の5分間でそのようなもやもやが全部吹っ飛ぶ結末が待っていて、見終えたときには、温かい気持ちの余韻に浸っていました。
思ったより面白かった
映像がきれい、
移動遊園地、商店街のパレードシーンの映像がきれい。
映画館含め、現世とのギャップも良い。
綺麗な世界に見えてやはりあの世なんだなって。
さびれた遊園地、映画館には物悲しい気持ちになった。
こういうところにしか魂?がとどまれないのかなと。
未練がなくすっぱり旅立てるのは幸せなんだろうか、
未練が解消されるまで満足ゆくまで残れるほうが幸せなんだろうか。
25.2.7 ネトフリ
藤井監督の作品の中で輝く俳優たち
余命10年のときも感じたけど、藤井監督の作品の中で生きる健太郎くんとリリーさんが好きすぎる…。いい味出してる。
若くして亡くなったアキラの、恋愛に対する不器用さが可愛かった。最後の日常シーン、そこには誰も映ってないのに、誰か見守ってくれているような"ぬくもり"を感じるのはなぜだろう。ナナがオトナになってみんなを集めるのも胸熱すぎた。
こういう事あるかもしれない
私達に見えていないだけで、こういう事はあるのかもしれないなと感じさせる映画でした。
震災で亡くなった方々なども心構えなどなく、いきなり日常が奪われ途絶えてしまう。心が彷徨っていつまでもこの世に留まっていてもおかしくはない。
何だか悲しくもあり、温かみも感じる映画でした。
悲しみと喜びのパレード
現世にやり残した事がありあの世へ行けない人が集う廃れた遊園地。そこではそれぞれの想いを胸に秘めながらも楽しそうに暮らしている。
成仏できない人、と聞くとだいたいは幽霊のようなものを想像するけれど、この映画では真逆のポジティブな存在として描かれる。ここに希望を感じた。仮に死に切れなくとも、この映画のような場所があるんだと思えるだけで救われる。
ひとり1人の想いに区切りがつき、あの世へと旅立っていく。そのドラマに胸が熱くなる。生きている者も亡くなった人も、それぞれの痛みや悲しみを抱えていることが分かる描き方がより切なさを感じさせる。
イジメられ自死を試みた高校生ナナが一命を取り留め、映画「パレード」を製作するメタ構造もこの世とあの世がどこか繋がっているような気がしてあたたかい気持ちになった。
派手さはないけれど、アップショットで微妙な表情の変化を表現するシーンが多く印象的だった。
そしてそんな難しい演出を支える豪華な俳優陣。
誰かにこの映画の良さを伝えるのは難しいけれど、なんだか良い映画だったなぁ。
死んでも死にきれない
有名なのではゴースト~ニューヨークの幻(古いけど)的なこの世に未練のある人が留まってという話。
うーん、他の人も書いてるけど設定が緩いのかなぁ。長澤まさみは震災で死んでしまったのは分かる。町もガレキだらけだし。けど、ななの学校は普通に授業してるなど、バラバラの地域からあの場所に集まった?と思ったけど、ラストのななと成長した良の会話だとそうでも無い様だし。
見せ場であろう、タイトルにもなっているパレードの意味もイマイチ疑問。会いたい人を探すって言うけど、双方死んでないとダメなワケで、それならあのキャンプ地みたいな場所で合流出来そう。出来ないまでも、相互に連絡とか取り合ってるだろうに、パレードの偶然任せ?
ななのセーラー服は流石に無理だろと思ったら、最後のオチの為なのね。うーん、ななが死んで無かったと言う隠し設定、別に臨死状態で三途の川を見たとか言う話も有るから良いと思うんだけど、リストカットで臨死で数日?
みんな、心残りが解消されたら強制成仏かと思ったけど、そうでも無いみたいだし。
設定の緩さが全体的に気になる。
成長した方の良の役者、見たことあるなぁと思ったら、MOTHERで長澤まさみの息子役だった子かぁ。
未練がない生き方…
そんな人がいたら、そんな人生を送れたのなら幸せだろう。それぞれ会いたい人や、やり残したこと、言い残した人がいて、本当に死ぬ前にワンクッション、時間を與えられ、それぞれのやり方で全うしていく。森七菜が生きていたなど、細かな矛盾する箇所はあるものの、景色やセットの映像美、出演陣の雰囲気の良さに包まれ、ほっこりするファンタジーだった。リリー・フランキーが良い。
なんか見たことあるような
私的この映画に乗れなかった理由とは
(完全ネタバレですので必ず鑑賞後にお読み下さい!)
このNetflix映画『パレード』は、いわゆる現世に心残りを持っている死者たちの話です。
私達は死者に対して、一般的には(罪を償っていない犯罪やそれに匹敵する行為がない場合)強い批判を継続することはないとおもわれます。
なぜなら死者は反論の機会を失っているからです。
例外としては、その人の成し得た功績や作品などについて、外化された物として(その内容や作品自体に反論が内包されていて)後に評論されることはあり得ますが、やはり1つの人格としての反論の機会のない相手に対しての一方的な批判は避けられる傾向にあります。
この作品で出てくる主要な人物は、(現世に心残りを持っている)死者たちです。
すると彼らは現実の世界での反論の機会を失われていて、是々非々でもって評価される機会を失っています。
すると、死者たちの描写は良い部分を強調されて表現されることになると思われるのです。
例えば、映画プロデューサーだったマイケル/古賀充(リリー・フランキーさん、若林拓也さん)のエピソードでは、(おそらく亡くなられた河村光庸プロデューサーがモデルになっていると思われますが)彼の撮影した沖縄での米軍基地反対闘争の映画が流されます。
しかし今作の中では、まずマイケルは死者として、そして彼の描いた沖縄基地闘争は劇中の映画作品として、二重に守られることで、彼やその劇中映画に対する是々非々の論評や批判を観客にやり辛くしています。
沖縄の米軍基地問題は、現在も解決されていません。
例えば辺野古基地移設の話を最終的に決めたのは、現在の野党議員の多くが所属していた民主党政権の時であり、そんなに簡単に解決できる話ではないことは多くの人が知っています。
しかし今作では、マイケルは死者として、描かれた沖縄米軍基地反対闘争の映画は劇中映画として、問題への言及はされないように守られています。
マイケルと佐々木博(舘ひろしさん、中島歩さん)との最後の会話では、米軍基地反対闘争の時に自分たちは「団結していた」と語られます。
ただその「団結」は、現在の私達から見れば、問題の現実解決策の本質から、地道な手仕事から、目を逸らせていたから可能だったのではないか?という疑念が現れるのです。
(今作の藤井道人 監督は本質ノンポリで、そこまで深くこの問題を取り扱う気もないかもですが‥)
しかしそんな疑念も、死者の彼らに届く術はありません。
同様に、息子や報道との関係での主人公・美奈子(長澤まさみさん)や、ヤクザや恋人との関係での勝利(横浜流星さん)や、家族の中でのかおり(寺島しのぶさん)など、それぞれ死者であるために、生きた相手との対立や功罪含めた相手との相互の葛藤は描かれないままです。
(ナナ(森七菜さん)が生きて次の周りとの関わり葛藤へと向かえたのは良かったとは思われました。また、アキラ(坂口健太郎さん)は藤井道人 監督の分身であるのか、多少はアキラの父・恵介(でんでんさん)とのリアリティある葛藤が伺えて共感度合いはありました。)
私がこのNetflix映画『パレード』に乗れなかった理由は、出てくる主要登場人物たちが死者として守られていて、彼らの一方的な想いが吐露され続けた所にあると思われました。
今作は特に美術や映像が素晴らしく、さすが予算あるNetflixは違いますね、と思われました。
であるので、今回の実力俳優陣の内容ある演技含めて、次は同様の座組で、相互に関係対立する生きた人々の映画として観たいと、僭越ながら思われました。
全81件中、1~20件目を表示













