劇場公開日 2021年7月30日 PROMOTION

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アウシュヴィッツ・レポート : 特集

2021年7月26日更新

この世の地獄を観る覚悟はあるか? 強制収容所の
現実を詳らかにした、直視せねばならぬ衝撃の実話――

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映画監督のロジェ・バディムは「私は貧弱な真実より華麗な虚偽を愛する」と言った。では「残酷な現実」に対して、人はどう対峙すればよいのだろうか。

7月30日から公開される映画「アウシュヴィッツ・レポート」(STAR CHANNEL MOVIES配給/スロバキア・チェコ・ドイツ合作)は、残酷な現実を見つめ続けた衝撃作だ。

描かれるのは、1944年のアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の日常。これは実話だ。ナチス・ドイツによるホロコーストにおいて最大級の犠牲者が出た“この世の地獄”が、スクリーンに克明に映し出される。

ときに人には、心が砕かれようとも、眼前の光景から目を逸らしてはならぬ瞬間がやってくる。今が“そのとき”だ。目撃する覚悟がある者だけが、劇場へ足を踏み入れるといい。


【予告編】ホロコーストの信じがたい“実話”を映画化

アウシュヴィッツ強制収容所“異常な致死率”の実態は
この世に確かに存在した“地獄”、あまりに過酷な物語

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【物語】ホロコーストの真実を世界に伝える―― 収容所から、2人の男が脱走した

映画は、朽ちかけた門の梁にくくられた“首吊り男”のショットから始まる。首からは「イエーイ 戻ってきたぞ!」と書き殴られたボロ板がぶら下がっている。男は死んでいない。短く、ぜえぜえ息を吐きながら、冷たい雨のなか、なぜか生きながらえていた。

1942年、2人の若いスロバキア系ユダヤ人、アルフレートとヴァルターがアウシュヴィッツに収容された。2人は44年4月、収容所からの脱走を画策。同施設の地獄とも言える内情を世界に知らしめ、ユダヤ人の命を救うことが目的だった――。

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ネットもなにもない時代。アウシュヴィッツの内情は秘匿されており、一部のメディアが噂をもとに「異常な致死率」と報じる以外は、別段問題視されていなかった。したがってアルフレートらの告発が権力者に渡り、うまく外部へ流布されれば、世界がひっくり返るはずだった。

監視体制は世界一厳しいと言っていい。正攻法の脱走は確実に発見され、よくてその場で射殺、普通に考えればなぶり殺しにされる。アルフレートとヴァルターは仲間たちの手を借り、収容所の片隅の木材置き場に2人分のスペースをこしらえ、そこへ隠れることにした。あえて施設内に潜み「すでに外へ逃げた」と思わせよう。施設外の捜索は徒労に終わるため、やがて警戒は解かれる。その隙を突いて、鉄条網の外へと駆け出していく計画だ……。

2人の企みは正しかった。脱走が発覚すると、司令や警備たちは血眼になって施設外を捜索し始めた。ただ、誤算があった。脱走の罪は連帯責任だ。同じ収容棟の人々、つまり境遇を同じくする仲間が凄惨に罰せられる間、2人は木材の下で息を殺してじっとするしかなかった――。

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「異端の鳥」「サウルの息子」に並ぶ渾身作 容赦ない描写が観客をアウシュヴィッツへいざなう

本作の描写に手加減はない。幸福な映画的嘘もなければ、観客の心情に対する優しさもない。なぜならば“現実”は“私たちの心構え”など待ってくれないからだ。

「アウシュヴィッツにようこそ!」。収容される人々は、家畜のそれとよく似た検査をされながら、陽気な歓迎の言葉を聞く。連日、ガス室でシステマティックに人が殺され、裸の骸がレンガのようにうず高く積まれていった。そこでは死は悼まれるものではなく、無造作に捨て置かれるものなのだと知る――。

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ドキュメンタリーのように冷静な視点で語られる物語は、収容所の日常を淡々と詳らかにしていく。過度な音楽はなく、外連味も排され、映像は肌を刺すようなヒリヒリした手触りに満ちている。描き手の感情が恣意的に挿入されることもない。しかし画面の端々に、隠しきれない怒りがにじんでいる。

魂が切り刻まれようともホロコーストの現実から目を逸らさず、圧巻の力量で“人類の過ち”を描いてみせた本作。第76回ベネチア国際映画祭で賛否を巻き起こしたチェコの衝撃作「異端の鳥」や、第88回アカデミー賞で外国語映画賞に輝いたハンガリーの傑作「サウルの息子」と地続きの物語だ。中央ヨーロッパから、また新たな渾身作が日本へやってくる。

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メガホンをとったのは、スロバキア人のペテル・ベブヤク監督。アルフレート役を「オフィーリア 奪われた王国」のノエル・ツツォル、ヴァルター役を新人のペテル・オンドレイチカが熱演し、終盤には「ハムナプトラ」シリーズのジョン・ハナーも出演している。


3つの衝撃シーンを先行公開 94分間の追体験を経て、
あなたはエンドロールまで見届けられるか――

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特集の最後に、3つのシーンをご紹介しよう。全編にわたって追求された“描写の迫真性”にフォーカス。本作が放つメッセージの一端に触れていただこう。

繰り返しになるが、本作の描写に手加減はない。しかし、勇気を出して暗闇に身を投じた者を、必ずや希望の光が照らし出すだろう。


①:10人ほどの男が、首から下を地面に埋められて…

空から降り注いだ木々が地面に突き刺さったかのような雑木林。収容者たちを監視するラウスマン伍長は、自身の足元を木の棒で力いっぱい叩いていた。一心不乱に、何度も何度も。棒の先には人の頭があった。それは頭蓋骨を強かに打ち、鈍い打撲音と鋭い破裂音が交互に木々の間を抜けていった。

地面には、10人ほどの収容者たちが埋められていた。ラウスマンはすでに事切れた頭に向かって写真を突きつけ、「俺の息子が東部戦線で死んだ」と悲しげにつぶやいた。善悪の基準が歪む光景を、ほかの収容者たちは震えながら眺めるほかなかった。次は自分の番かもしれないのだ。

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②:脱走は連帯責任 極寒の屋外で、連日連夜“直立”を命じられ…

1日の終りに点呼がある。遺体記録係のアルフレートとヴァルターが姿を消していることが発覚し、現場は騒然とする。点呼責任者は木棒で殴打ののち殺害されてしまった。そして脱走者が見つかるまで、アルフレートと同じ9号棟の収容者たちは極寒の屋外に立たされることになる。

脱走した者だけではない。残された者にも生き地獄が待っていた。寝食を禁じられ、連日連夜にわたり直立を命じられた収容者たちは体力の限界を迎える。ある日、収容所の労働に戻されることになり、9号棟の人々は移動を開始。一団が去ったあとには、疲労と寒さにより死亡した数人の収容者が転がっていた――。

本作は画面の中心や手前ではなく、むしろ画面の奥や端に、作品のテーマを体現するモチーフが配置されている。映画館のスクリーンで、隅々まで凝視しながら鑑賞してほしい。

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③:エンドロールに最大の衝撃 演説と字幕が訴えるメッセージとは…

普通、エンドロールでは主題歌やメインテーマが流れるものだが、本作は違う。複数の“演説”が淡々と再生され続け、ある教訓を我々観客に投げかけてくる。それを最後まで見届けたとき、本作の映画体験は完成する仕掛けになっている。席を立たずに聞き入ってほしい。

「アウシュヴィッツ・レポート」は、えてして“感動のヒューマンドラマ”として仕上げることもできたはずだが、ベブヤク監督はなにゆえ現実に則した描写を避けなかったのか。その理由を明かすインタビュー・コメントで、特集を締めくくろう。

「欲求不満や恐怖、不安といったものが、過激主義が生まれる土壌にあると思います。特に私たちは今、20世紀とは対照的に平和な時代に生きていて、大切な人の命が日常的に危険にさらされるかもしれないこと、自分の民族や宗教的信念、さらには性的指向を隠さなければいけない不安を忘れてしまっているのです。迫害されるということはどういうことなのかを忘れてしまいました。だからこそ、私たちは人類の過去の失敗を振り返る必要があるのです」

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なお、8月27日には「ホロコーストの罪人」という新作も公開される。ノルウェーのユダヤ人をアウシュヴィッツへ移送する“ドナウ号”の実話をもとに描いている。あわせてのご鑑賞を。


STAR CHANNEL MOVIES『アウシュヴィッツ・レポート』公開記念ナチス支配の影に隠された知られざる実話たち

【STAR1 字幕版】7/26(月)~7/30(金)に5日連続放送、さらに7/31(土)午前10:45~ 全5作品を連続放送

https://www.star-ch.jp/recommend/?month=n
https://www.star-ch.jp/feature/detail.php?special_id=20210703

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